Dolce vita


「・・・なんだよ、入院したっていうから、飛んできたのに。ずいぶんと
 元気そうじゃないか。」
目の前の、可愛い顔した俺のハニーが不機嫌そうな声で呟く。
せっかくの可愛い顔が台無しだよ、と声に出さずに心の中で思う。(怒られそうだから)
「いや、これでも俺、もう死ぬかもって思ったんだよ。かつてないお腹の
 痛みだったからね。」
俺は、産まれてはじめて『胃潰瘍』というやつにかかったのだ。
「なんで、君みたいな図々しい人が胃潰瘍になるんだよっ。」
相変わらず、俺のマイスウィートハニー岬くんはぷりぷり怒っている。
ケチ・・・もとい、経済観念の発達した岬くんは、フランス〜スペイン間の
移動費を考えて腹をたてているのだろう。
フランスの1部リーグで活躍するようになっても、岬くんのそういうところは変わらない。
「早苗ちゃんが、泣きそうな声で電話かけてくるから・・・たかだか胃潰瘍だなんて
 思わなかったよ。」
「岬くん、女の子に優しいもんねー。」
「ふん。」
どんなに不機嫌な顔でも、俺は彼が目の前にいてくれるだけで、いい。
きっと、足蹴にされたって俺は幸福感で満たされるのだろう。
「なにニヤニヤしてんだよ。」
「いや、今俺、幸せだなーと思って。」
「はぁ?ま、元気そうで良かったよ。僕はもう帰るから。」
「ええー!?もう帰っちゃうの!?」
「元気な病人を見舞うほど、僕は暇じゃないの。」
「冷たいなあー。それでも小学校からの親友?」
「じゃあ、親友からアドバイス。寝てな。」
岬くんは、それが癖の、右眉をくいっとあげて少し意地悪そうに微笑みながら言った。
俺は、この表情が大好きなのだ。
はじめて彼と抱き合った時、俺を受け入れた時も岬くんはこの顔をした。
身震いするほどに、好きだ。
「寝れない。」
「は?」
「寝てなきゃいけないのに、寝れない。」
岬くんはめんどくさそうに溜息をひとつつくと、俺の方へ近付いてきた。

「じゃあ、よく眠れるおまじない。」

そう言って、唇に軽いキスをした。
岬くんからしてくることなんて、滅多にないのに。
ごくごく軽くしか触れていないのに、全身が彼の唇の感触に侵される。
俺、バカみたいだ。キスしかしてないのに。

「よく眠れそうだろ?じゃね。お大事に。また元気な時にね。」
そう言って岬くんは手のひらをひらひらさせ、病室を出て行こうとした。

「寝れない」
「え?」
「興奮して、余計眠れない。」
多分、その時の俺はかつてないほどに情けない顔をしていたに違いない。
岬くんはまた意地悪く微笑むと
「ばーか」
と言って本当に帰ってしまった。

ちっとも甘やかしてくれないけど、とてつもなく甘い関係。
俺を惹き付けて止まない意地悪な微笑み。

俺は、勝手に期待してしまっている自分の肉体をどうしようかなあと、マイスウィートの
出て行った白いドアを見ながら、途方にくれた。



Fin.




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