似たものどうし
やっぱり、来るんじゃなかった…。
あたしは今、猛烈に後悔している。
日向小次郎が所属するチームが日本のJリーグのチームと交流試合をするって
ことで、あたしははるばる沖縄からここ東京まで試合を見に来た。
そこで反町君が、今夜気のおけない連中で日向さんを囲んで飲みに行くから、
マキちゃんもおいでよ、と誘ってくれた。
あいつがあたしに気付いて、食事にでも誘ってくれるかもしれないという
微かな期待を持って、きちんとおしゃれなワンピースも用意してきた
あたしは、喜んでその誘いに乗った。
「おう!お前もわざわざ来てくれたのか。元気だったかー?」
飲み会で会ったあいつは、そう言いながらあたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
試合で勝ったから、ハットトリックまで決めたから、上機嫌だ。
でも、それだけ。
「ゆっくりしてけよ。」
そう言って、あいつは…若島津君のもとへ行ってしまった。
若島津君とは、反町君とあいつと3人で何度か会ったことがある。
すらりと背が高くて、きれいな長い髪で、物静かで穏やかな顔をしている。
女のあたしでも、きれいだなと思ってしまうことがあるくらい。
佇まいが、美しいのだ。
何度か会う内に、あいつは若島津君を好きで、若島津君もあいつを好きなんだと
気付いてしまった。
ふとした瞬間、あいつは射るような視線で若島津君を見る。それに気付いた
若島津君は、少し困ったように微笑んでから視線を逸らす。
けれど、伏せられた睫毛が語っている。あなたを好きです、と。
今も、グラス片手に若島津君の傍らに立つあいつは、楽しそうと言うのでも、
くつろいでいると言うのとも違う、強いて言えば、相手をじっくりと
味わうかのような表情をしている。
若島津君は、穏やかに微笑み、それを受け入れている。
悔しいけど、完璧な関係がそこにはある。
あたしは何しにきたんだと、激しく後悔をする。
こんな二人を見て、それでもなんであいつを諦められないんだろう。
きり、と下唇を噛んで若島津君をもう一度見ると、その少し離れたところに、
あたしと同じような表情で彼を見ている人がいた。
反町君だ。
反町君はあたしの視線に気付くと、一瞬泣きそうな顔をしてからにっこりと笑った。
そして、あたしの所へ来た。
「俺たち、同じなのかな。」
「そうね。バカみたい。」
あたしの言葉に反町君は笑って、そうだね、飲み直そうか、と言った。
先ほどまで雨が少し降っていたのだろう、アスファルトが濡れてちかちかと
黒光りしていた。
「俺たちさあ、可哀想だよね。」
「うん、みじめだよね。」
「分ってるけど好きなんだよね。」
「そう、どうしようもないよね。」
「会わなきゃ良かったって思う?」
「ううん。そうは思わない、不思議と。」
「俺も。」
反町君の部屋で飲み直そうということになったあたしたちは、いつの間にか
手を繋いで、大きな声で『大きな栗の木の下で』を歌いながら歩いた。
少しひんやりとした空気の中、反町君の手はほんのりと温かくて、決して
ドキドキはしなかったが、そのおかげであたしは少し慰められた。
「俺今、真紀ちゃんにすげー救われてる。」
反町君は、前を見たままそう言った。
どうしてこうなったのかは、分からない。
反町君の部屋に入って、二人で飲んで、笑って…泣きながら笑って、手を取って。
いつの間にか、自然と、お互いを慈しむかのようにあたしたちは抱き合っていた。
傷を負った、哀れでいたいけな動物がお互いの傷を舐め合うかのように、優しく
穏やかに、ゆっくりと。
ゆったりと、シーツに刻まれる皺。
時々漏れる、あたしと彼の熱を帯びた溜息。
そこには全く恋の匂いはなくて、けれどあたしはとても心地良かった。
彼はあたしを慰めて、あたしは彼を慰めている。
本当はこういうのは正しくないのかもしれないけど、男と女で、もう大人に
なってしまったあたしたちにはこういう慰め合い方しか分からなかった。
「こういうのも、一種の愛だよね。」
ベッドの隅に腰を掛け、ビールを飲みながら反町君は言った。
「でもあたし、付き合わないからね。」
それを聞くと、彼はブッとビールを吐き出しそうになって笑った。
「うん、うん、分ってるよ。俺も、あいつを諦められないし。」
「…反町君には、すごく感謝してる。ありがとう。あたし、明日からまた頑張れそう。」
「そっか。それは良かった。…俺も、救われたよ。女の子の柔らかい肌は、いいね。」
「あたしね、毎回打ちのめされるんだけど、あの二人見てるの、嫌いじゃないの。
本当に満たされている二人って、やっぱり見ていて気持ちいいもん。」
そう言ったあたしを、反町君はにっこり笑ってぎゅう、と抱き締めた。
「俺も。真紀ちゃんと俺って、ほんと似てるよね。」
「うん。…似過ぎてて、恋にも落ちられない。こんなにかっこいいのに。」
「これも、一種の愛だよ。」
反町君は、さっきと同じことをもう一度言って笑った。
あたしたちは手を繋いで眠った。
今頃、あいつと若島津君はどうしているのだろう。
それを想像すると少し切なくなるけど、反町君の手の温もりが、その内あたしを
心地よい眠りへと誘ってくれた。