Je te veux

「え!!?日本に、帰ってくる!?」
「おう。親にリクエストしといた誕生日プレゼントを、お前らに見せびらかしたくてよ。」
「君が!?でも、全国大会前だから部活終わるの遅いよ。」
「わぁーってるって。いいの、とにかく見せたいんだから。井沢にも連絡しといたけど、
 全員で来いよ。あ、石崎も誘ってこいよ。じゃーな。俺、出かけるから。」

 いつものことだが、若林は自分の言いたいことを言って一方的に電話を切ってしまった。
 高校2年の冬。なんと、今年の誕生日に若林は日本に戻ってくると言う。
 岬の知る限り、そんなことは初めてである。
 「あの」若林が見せびらかしたいほどスゴイもの…。セスナ機とか?
 いや、さすがにそれはないだろう。
 それに、彼なら欲しけりゃ自分で買うだろう…。
 じゃ、なんだ?岬は、頭の中でぐるぐる考えを巡らしていた。

 次の日、学校でサッカ−部の連中は、若林の誕生日についてで話題はもちきりだった。
 「なんだろなー。あの若林さんが自慢したいほどのものって…」とは井沢。
 「俺、なんかちょっと恐い……。岬、なんか聞いてる?」とは来杉。
 岬は、神妙な面持ちで首を横に振った。やはり、皆自分と同じように戸惑いを感じているようである。
 唯一、石崎だけは「だいたいよー、自分の誕生日に俺たちを一方的に呼びつけるなんてよー、
 何様だっつの。これだからお坊っちゃんは…。」と、意に介していない風であった。

 いよいよ12月7日。
 南葛高校サッカ−部の全国大会に向けての厳しい練習が終わった後、岬たち2年生
レギュラー組は、落ち着きなかった。全員、黙々と着替え、(石崎だけはいつもと同じだったが…)
準備が済むと誰とはなしに顔を見合わせ、ウンと頷き、若林邸へと向かった。
「お前ら、大袈裟だってー。」
 石崎は少し後ろから岬、井沢、来杉、滝に声を掛けた。が、誰も返事はしなかった。

 やはり、この辺りでは一番立派な邸宅である。門構えに威厳がある。
 が、岬たちはいつも以上にその門に圧力を感じていた。
 ジョンがワンワンと人なつこそうにしっぽを振って吠える。
 インターホンを鳴らすと「おー、よく来たな。とりあえずリビング入っててくれよ。」と、
若林本人がインターホン越しに出た。
 それを聞いた井沢は「若林さん、本当に帰ってきてるんだ…」と、少し感激した様子であった。

 言われた通り、リビングの豪奢なソファに腰掛け待っていると、若林の母親が
お茶やサンドウィッチなどの軽食を持って入ってきた。
「ごめんなさいね、源三がわがまま言って…。皆さん、部活の後でお腹空いてらっしゃるでしょ?
どうぞ、召し上がって。」そう言ってテーブルの上に並べると、ひとつお辞儀をして出て行った。
 若林に似ていない、小柄で上品なお母さん。
 岬は、ぼんやりと、いいな、お母さんって…と思った。
 確かに彼等は腹が減っていた。
 最近は部活帰り、よくラーメン店へ全員で寄るのだ。
 しかし、今日は緊張でそれどころではなく、おいしそうなサンドウィッチを目の当たりにするまで
空腹を忘れていた。
 「うまそう♪いただきます〜」
 石崎がはじめに食いつくと、井沢たちも少しリラックスしてきたようで、じゃ、いただきまーすと、
満足そうに口に運んでいった。
 岬も腹が減っていたのでいただこうとした、その時だった。

 「じゃーん。どうだっ」
 そう言って若林が登場した。
 が、その姿を見て、全員、絶句した。さすがの石崎も唖然としているようである。
 
 なんと、若林は学生服を着ていたのだ。
 岬たちと同じ型の学生服。

 「どうだ?なかなか、似合うだろ?一度着てみたかったんだよなあ。」

 しばらく絶句していた井沢たちだったが、「おーい」と若林に目の前で手をひらひらされ、
はっと我に返ると見る見るその顔には喜びの表情が湧いた。
 「すごい、すごい!似合います!」
 「かっこいいです!なんか、嬉しいなあ!!」
 「このまま南葛高校来ますか!?」
 旧修哲トリオが口々に感嘆の声を上げると、若林は嬉しそうに「そうかぁ?」と笑った。
 石崎は「井沢たち、何見せられるかってビビってたんだぜぇ。学ランとはなぁ!
そりゃ、ドイツじゃ手に入りづらいだろなあ!」と、腹を抱えて笑っている。
 岬は、その横でにっこりと微笑んで座っている。
 本当は、若林のかっこよさに喜びが抑えられそうにないのだが、今は井沢たちに若林を
独占させてあげたい、そう思って、ただ楽しそうに笑っていた。

 自分は、いつも彼を一人占めしているのだから。

 その後、若林の近況を聞いたり、昔話をしたり、若林が聞きたがったので自分達の高校生活の
話をしたりと、大盛り上がりだった。
 「あ、俺、そろそろ帰らなきゃいけねぇや。」石崎が時計を見てそう言うと、井沢たちも、
じゃ、俺たちも…と、少し名残惜しそうに言った。
 「いつ、戻られるんですか?」
 「明日1日親孝行して、それから帰るつもりだ。」
 「じゃ、日曜日だ!駅まで見送りに行ってもいいですか?」
 「なんだよ、駅までかよ。空港じゃないのか?」
 「一介の高校生に成田までなんて、そうそう見送りに行けませんよ。」
 井沢たちとそんなやりとりをして、若林は本当に楽しそうに笑った。
 その姿は、ガキ大将といった感じで、子供っぽい彼を見られた岬も、なんだか気持ちが
暖かくなった。

 家の方向が違うので、岬は井沢たちとは若林邸の前で別れた。
 「学ランだったのかぁ…」岬は、若林の姿を思い出して一人、クスリと笑った。
 「結構、似合ってたな」そう、独り言を言った時、携帯にメール着信の音が鳴った。
 取り出してみると、案の定、若林からだった。
 『二人で会いたい。すぐ戻って来れるか?』
 岬は、困ったように笑うと、携帯をカバンに戻し、もと来た道を全力で走って戻った。
 
 「こっち、こっち」若林の囁きのする方へ行くと、果たして、彼は学生服姿のまま、
裏口の門の前で腕を組んで立っていた。
 こうして見ると本当に高校生に見えてしまうことがおかしくて、岬は笑った。
 そんな岬の笑みの意味も分からず若林も微笑むと、岬の手を取り、裏口からだとほど近い、
自分の部屋へと岬を連れて行った。

 「会いたかった、会いたかった…!」
 部屋に入った途端、若林はめちゃくちゃに岬を抱き締めた。
 いつも、二人きりになったときはこうするのである。
 まるで、幸福な儀式のように。
 「僕も、すごく会いたかったよ。」
 岬は若林の顔を見る為、彼の身体を少し引き離すと、しっかり目をみつめ、心を込めて言った。
 1日だって想わない日はなかったよ、と。
 「みさき…」
 「なに?」
 「やばい…。俺、めちゃくちゃ興奮してる…。」
 「は?」
 若林は、今まで学生服を着た岬と会ったことはない。
 しかも今、岬は全力疾走した上に、若林の胸の中でもみくちゃにされた分、制服が着崩れ、
髪も少し乱れ、それが若林にとってはなんとも言えない魅力を醸し出していた。
 若林の言葉の意味が飲み込めず、きょとんとしている岬を、若林は構わずベッドに押し倒した。
 「ちょっと待ってよ!制服だよ!せ、い、ふ、くっ!皺になるよっ!僕は毎日着なきゃ…」
 「皺なんて、アイロンかけりゃいい。うちには良いアイロンがあるはず。」
 「もー、勝手だなあ…じゃ、せめて、電気は消そう。」
 「いやだ。」
 「………恥ずかしいよ。」
 「恥ずかしくない。」
 いつものことであるが、若林の強引さに岬は大きな溜息をついた。
 「俺は、今、制服を着ているお前と、電気をつけたままで、したい。」
 「ヘンタイ!!!」
 「………ヘンタイでいい。……今日は、俺の誕生日だぞ。」
 「あーのーねー、まだ、何が欲しい?とか聞いてないでしょ?」
 「じゃ、今聞け。」

 「…………なにが、欲しいの?」
 「お前」

 そう言うと若林は岬の耳もとにキスをし、そのまま続けようとした。
 「もー、いっつもそればっかじゃないか!」
 「俺、初めてお前と誕生日過ごした時言わなかった?毎年『お前が欲しい』って言うって。」
 「言ったっけ?」
 「言った。」
 それだけ言うと若林は再び岬を押し倒し、満足げに抱き締め、髪に顔を埋め、首筋に口付けてきた。

 ま、いいか。誕生日だしね。

 岬は心の中でそう言うと、若林の背中に腕を回し、強く抱き締めた。



Fin.




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