君が僕に憑依した! 「でこの傷、跡になっちまったな。」 若林君が突然、僕の前髪をかきあげて言った。 彼の大きな手のひらの熱が伝わってきて、一気に体温があがる気がする。 ちょうど、僕の目の前に若林君の唇がある。 大きくて、形の良い唇。 下唇の方が厚い人は、受ける愛情の方が大きいというけれど、本当なのだろうかなどと考えてしまう。 少し開いた唇からは、アスリートらしい、美しく並んだ白い歯がちらりと見えている。 僕は、舌で自分の歯の裏をなぞりながら、彼のはどんな感触なんだろうと想像してみた。 けれど、さすがに恥ずかしくなって俯いてしまった。 「思いっきり打ったもんな。俺、間近で見たからほんとに心配したんだぜ。」 若林君は呑気そうに笑っている。 彼は、僕の気持ちを知らない。 自分の気持ちを隠すのは、得意。 人の気持ちに知らないふりをするのも、得意。 「若林君の手って、大きくてあったかくて父さんみたいだ。」 僕のこの言葉を聞いて、彼は少し目を見開いた。照れたようだ。 「お…お前のちっこい頭なんて、片手でくしゃっとつぶせるぞ。」 「物騒なこと言わないでよ。」 そうやって笑う僕を、若林君は満足そうな顔で見る。 彼が、僕のことを『かわいいなあ』ぐらいに思っているのは知ってる。 でも、僕が彼を想っているようには、彼は僕を想っていないことも知ってる。 「お前の髪ってさ、なんか、良い匂いするのな。」 それはきっと、恋の匂いだと思う。 若林君が傍にいる時にだけ僕から発せられる、君を惹き付ける為の匂い。 『恋の匂い』だなんて響きがロマンチックすぎて少し恥ずかしいけど、そうとしか考えられない。 だって僕は、皆と同じシャンプーしか使ってない。 若林君を好きになってもう何年も経つけど、これからももっともっと好きになりそうだ。 僕は言葉を使わずに、君に想いを伝えたい。 君が僕の気持ちに気付く頃にはきっと、君も僕を好きになっていると、思うよ。
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