Je te veux 〜ver.M to T〜
「Merry Christmas!!」
岬が、しつこく鳴るチャイムに急かされてドアを開けると、案の定そこには翼がいた。
しかも、サンタ帽を被って手にはポインセチアの鉢と大きな旅行用バッグを抱えている。
「サンタさん、今日はまだイヴでもないよ。また明日ね。」
そう言って岬は爽やかな笑顔でドアを閉めようとした。
「待った!せっかくスペインのサンタがはるばるフランスまで来たってのに…!」
翼は閉めかけられたドアにバッグを挟み、それを阻止した。
「サンタさんは、君の為にクリスマス当日までここにいてあげよう。」
そう言葉を継ぐとそのまま室内に滑り込み、後ろ手にドアを閉じた。岬は「負けた…」と呟き、溜息をついた。
「なに?そのデカいバッグ。」
翼はサンタ帽を被ったまま、岬の煎れた温かいコーヒーを満足そうに飲んでいる。
「だーかーらー、かわゆい岬君の為に翼サンタがクリスマス当日まで一緒にいてあげようと思って。」
「……泊まるの…?僕がいつ、いいって言った?」
「えー!岬君は冷たいなあ!愛しい恋人が来たっていうのに〜。それとも何か予定があるの?」
「………ないけどさ……」
「じゃ、決まりね!ひとりで寂しく過ごすより、二人の方がいいよ!愛し合う二人なら尚更だねっ。」
この無邪気さは装っているのか真実なのか…岬は、いまだに分からない。
「翼サンタさん、ご家族は?」
「今年は日本に帰っててさー。ケンカしたんじゃないよ。俺も、年末には帰るし。」
「なーんだ。暇つぶしに来たのか。僕もなめられたもんだなぁ。」
「違うって!ほんと〜に君に会いたかったのっ!」
翼には妻子がいる。本来なら二人の関係は不道徳なものなのに、翼とこうして一緒にいると岬は、そんなことがどうでも良くなってくる。
それはおそらく、翼がこの関係の「秘密性」に酔いしれているのではなく、実にあっけらかんと自分への愛を表現するからではないかと、岬は思っている。
「翼くんてさ、子供のおムツ替えたりしたの?」
「へ?ああ、うん…。たまにね。」
それを聞くと岬はゲラゲラ笑い、なんか似合わなーい、と言った。
「む…。おムツ替えの似合う男なんて、かっこわるいよ。」
「えー?そう?小次郎は似合うけど、かっこいいよ。」
岬のこの言葉を聞いて、翼はムっとした。おムツ交換が似合わないと言われたことにではない。
岬が日向を「小次郎」と呼ぶこと、「かっこいい」と言ったことに、である。
一言抗議してやろうと思った矢先、岬の携帯が鳴った。
岬は携帯のディスプレイを見、誰からの電話か確かめてから出た。
相手はフランス人のようである。フランス語で話しているので、翼には内容が全く分からない。
岬は手短に電話を切ると翼の方に向き直り、ごめんね、と言った。すると、翼がふくれ面をしている。
「あれれ?どうしたの?翼君。」
「電話、誰?」
「ああ、ピエールだよ。明日ホームパーティするから来ないかって。」
「で?」
相変わらずふくれ面の翼の頬をつつき、岬は笑いながら言った。
「断ったよ。今は、やきもち焼きの恋人が来てるからね。」
これで機嫌が直ると思ったのだが、相変わらず翼は憮然としたままである。
さすが岬より一足もふた足も早くプロの世界でもまれてきただけあって、翼の身体つきは逞しく、出来上がっている。
しかし、いつまでたっても中身には子供っぽさの残る翼を、岬は、仕方ないなあと溜息をついた。
「つばさくーん。何、怒ってるのかなー?」
普段は絶対自分からそんなことをしないのだが、機嫌を直そうと、岬は翼をぎゅうと抱き締めた。
「フランス語ってさ…」
「え?」
「フランス語って、ずるいよ。なんか、愛の囁きしてるみたいに聞こえる。」
ふくれ面のままそう言う翼が、きゅうに愛おしくなって岬は、翼の頬にキスをした。
「君は、本当にやきもち焼きだなぁ。」
「ふん。嫉妬は、俺の原動力なんだい。」
「翼くん、フランス語、セクシーだと思うんだ?」
「……きっと岬君、ピエールからフランス語で愛を囁かれたらコロっといっちゃうんだ…。」
「ばかだなー、君は。ピエールは僕にそんな感情持ってないし、それに…」
「それに?」
その後に続くであろう岬の言葉を期待して、翼はニヤニヤしていた。
さっきまでやきもち焼いていたくせに…と、岬は意地悪な気持ちになり、翼の耳もとに囁いた。
「Je te veux…」
温かい溜息と共に囁かれたセクシーな響きを持つフランス語に翼は、柄にもなく照れて、真っ赤になって耳を押さえ、唖然として岬の顔を見ていた。
滅多に見られないそんな姿の翼を、岬は可愛いなあと思い、嬉しくなった。
「え?なに、なに?ジュトゥ…?なんて意味?」
「教えなーい。」
「むー。岬君は、俺に意地悪ばっかりするー。」
翼は甘えるように岬に抱きつき、優しく押し倒すと顔中に口付けた。くすぐったさに岬はコロコロと笑った。
「翼サンタさん、僕へのプレゼントは何ですか?」
「俺。」
(なんだ、分ってたんじゃないか…) 岬は、小さな、小さな声で囁いた。
「何?みさきくん?」
「なんでもないっ!」
「何、怒ってるの?……ねえ、ほんとに、さっきの、なんて意味?」
それを聞くと岬はまた満足そうに笑って言った。
「絶対、教えない。」
fin.
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