Make A wish

小さな頃は毎日が誕生日のようだった。
男ばかりの3人兄弟。少し遅めに産まれた三男坊の俺はいつも両親や祖父に可愛がられ、欲しいものは全て与えられた。
だから、特別に誕生日が楽しみというわけではなかった。
サッカーをはじめて、欲しいものを自分の力で手に入れる楽しさを知ってからは誕生日なんて忘れていた。

誕生日。それをはっきりと意識し始めた日を、俺は、覚えている。

小学6年の、7月28日。

そう、自分の誕生日ではない日に初めて誕生日をいうものを意識したんだ。
俺はその日はまだ11歳だった。
この日は大空翼が俺より一足先に12歳になった。
グラウンドで石崎たち南葛の奴らが翼を取り囲んでやいのやいの騒いでいた。
俺は、その輪から少し離れたところで穏やかな表情で翼を見つめる小さな、可愛いMFを見ていた。
翼が紅潮した顔を、そいつに向ける。
「俺は、君に一番祝って欲しいんだ」そういう表情をしていた。誰の目にも明らかなように。

「つばさくん」
その、可愛いMF………岬太郎が一歩、前へ出る。翼は、見ているこちらが恥ずかしくなる程嬉しそうだった。
こいつ、しっぽでも振ってねえだろうなあ、と思わせるくらい。
「僕、翼君の誕生日知ったのつい最近だったから…対したもの用意できなかったけれど…」
そう言いながらも、さして恥ずかしそうでもなく、けれど控えめな様子で岬は、きれいな紙でくるまれた物を差し出した。
それを受けとった翼は、嬉しさの余り、もともと大きな瞳を目一杯見開いていた。
「みさきくん、これ、開けていい!?」
「え。恥ずかしいなあ。でも、翼君がそうしたいなら。」
今度はさすがに恥ずかしそうに少し首をかしげて話す様子を俺は、増々可愛いなあと、見つめていた。

首を傾げたり、少し頷いたりするだけでも岬の髪はサラサラと音をたてて流れる。
あの髪に触れたい、あの髪に顔を埋めて匂いを嗅いだら、どんなに良い香りがするだろうか。
そんなことをあいつと出逢ってから、いつの間にか思うようになっていて、おれは少し戸惑っていた。
岬にそんなことは悟られれないようにと練習や試合の時以外はあいつに近付かないようにしたり、目も合わさないようにしていた。

翼がきれいな包装紙をワイルドにばりばり取ると、B5サイズの白い箱が出てきた。
翼の周りには南葛小の連中だけでなく、修哲の奴らも集まり、ちょっとした人だかりになっていた。
皆、箱から何が出てくるか興味津々といった様子だった。
翼が、そろそろと中の物を出す。

わああああっ!

誰ともなく、人だかりから歓喜の声が起こった。
「岬くん!ありがとうありがとうありがとう!!!おれ、すっごく、すっごく嬉しい!」
翼が、しっかりと手にプレゼントを持ったまま、岬に抱きついた。
岬はというと、そこまで喜ばれると思っていなかったのか、少し驚いたようだった。
「おい、つばさぁ、もっとちゃんと見せろよ」
なあ、もう一回見せてくれよー」
他の連中が翼をせっつく。
興味のないフリをして、奴らとは少し離れたところにたっていた俺だったが、内心それがどういうものなのかとても気になっていた。
「すぐ返してよー」
そう言いながら翼がそれを石崎に渡した。どうやら、額縁に入った何かのようだった。
「すっげーーーーー!!」
「うっまいなあ!」
「やっぱ、父ちゃんが絵描きだからかなー」
「いいなあ、翼」
皆が額縁に入ったそれを大事そうに回し見している。
「若林さん、これ、岬が書いたんですって。さすがですよね〜」
井沢が俺のところに持って来た。
見た瞬間、今まで経験したことのない感情が俺の中に湧くのを覚えた。

それはキックオフのだろうか、サッカーボールを足下に、センターサークルにたって敵陣をじっと見つめる翼を描いた絵だった。
色鉛筆で彩られた絵は本当にとても上手くて、チームの奴らが無条件に感動するのも納得いく代物だった。
でも俺は、皆とは少し違うことを感じたと思う。
この絵を描いている時、岬の頭の中は翼でいっぱいだったのだろうか。
絵そのものより、絵を描いている時の岬の姿が、俺の中で強烈に映像となって浮かんだ。

大空翼に、なりたい。

瞬間、俺は心底そう思ってしまった。
そして、自分が、岬太郎に恋をしているのだとはっきりと認識したのだった。
俺の誕生日には、俺のことだけを想ってくれないだろうか。
しかし、それから数年、一緒に自分の誕生日を迎えることは、なかった。

「こら、動くなって。」
今、目の前にはあの時の可愛い、小さなMFがいる。
そして、にわか専属画家となってカンバスに俺を描きつけている。
普段の穏やかな表情や、サッカーの時の厳しい顔とも違う、真剣な表情で俺を見つめている。
その、心地よい瞳の拘束を振りほどき、俺は立ち上がる。
「ちょっと。君が、自分の絵を描けって言ったんだろ。大人しく………」
よく動く唇をキスで塞いでやる。
「夢みたいだ。」
「どうして?」
「お前が、ここにいることが。」
恋していると気付いた時には、自分は岬に相応しくないと想っていた。
だから、岬が俺の腕をとった時は信じられなかった。
今は、手を伸ばせば、自分が望めばいつでも触れることができる。
1年に1回、俺は、あの、7月28日を思い出す。そして今日、初めて岬と誕生日を過ごしている。
「ねぇ、これじゃあ、描けないよ?」
腕の中の岬が耳もとで俺にそう囁く。俺は岬の髪に顔を埋めて、嗅ぎ慣れた香りを楽しむ。
「俺を見ながらじゃないと、描けない?」
「え?」
「もう、目を閉じればいつでも俺を思い浮かべることができるだろう?」
「ば、ばかじゃないの!?」
岬は耳まで真っ赤にして俺の腕から逃げた。
「なあ、岬、俺は今、自分ほど岬に相応しい奴はいないって、自惚れてるんだぜ?」
「ふん、勝手にしな。」
真っ赤になって、照れて、可愛いなあ。可愛い、俺の、みさき。
「で、誕生日には何が欲しいの?」
憮然とした表情で岬が訊いてくる。
「お前。」
また、ばっかじゃないの、と言って岬は背を向ける。
こういう、何気ないやりとりが俺を、たまらなく満たされた気持ちにさせる。

岬、お前は俺がはじめて、自分よりも好きになった奴なんだ。
だから、これから先何年経っても、俺は誕生日にはこう言おう。

「お前が、欲しい」

Fin




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