うさぎのラブチェア


「人を、馬鹿にしてるよな…。」
その日、三杉は不機嫌だった。
珍しく身体が空いたので、松山に電話をすると
「おお、俺、ちょっと出てるけど勝手に鍵開けて待っててくれよ。なるべく
 すぐ帰るから。」
と言われ、今こうしてラグの上に、大きめのクッションを抱えて座っている。
不機嫌なのは、この所為では、ない。
数日前、日向が帰国した際に会った時、彼にこう言って笑われたのだ。

「お前と松山、相変わらずべったりなのな。ウサギみてぇ。」

この時松山は少し離れた位置にいたのでこれを聞いてはいない。
この発言を受けてから、三杉はとことん不機嫌だった。
「ウサギって、寂しいと死ぬってやつだろ?僕はそんなに松山に依存した
 覚えはないし、された覚えもない。」
馬鹿にするのもいい加減にしろ、と憤っているのだ。
違うというならば気にしなければ良いのだが、違うとも言い切れない
もどかしさが余計に三杉を苛立たせていた。
確かに、松山に会えない期間は、その空白の重みに押しつぶされそうになる。
一緒にいられる時は、人目さえなければ、互いに違うことをしていても
どこかを松山の身体の一部分にくっつけていたかったし、松山もそれを望む。
実際、共に読書をしてる時など、大抵どちらかの膝枕なのだ。
そうすることで、何よりの安心感と幸福感を味わっていた。

小さくて白くて、ふわふわとした、いたいけな動物。
日向のような一匹狼から見ると、僕たちはそういう風に見えるのだろうか?

なんかそれって、かっこ悪くないか?
そんなジレンマに苛まれる。

そんな時、インターホンが鳴ったと同時に松山の声がした。
「おーい、三杉、いるだろ?ドア開けてくれい。」
三杉が慌ててドアを開けに行くと、松山の姿は見えず、目の前に赤いソファがあった。
よく見ると、松山が一人でそれを後ろで抱えている。
「わ、どうしたの?これ。」
「いいから、いいから。この体勢、結構きついんだ。手伝ってくれい。」
そう言われて、一緒にリビングまで運んで行った。

何もなくて殺風景だったリビングに、花が咲いたかのようにその赤いソファは映えた。

しかし、三杉には松山のこの突然の買い物が意外だった。
以前松山は言っていたのだ。「部屋が狭くなるからソファは置かない」と。
「なあなあ、三杉。これ、いいだろー?なんて言うか知ってるか?コレ。」
「何って…ソファ…だろ…。小さめの。」
それを聞くと、松山は嬉しそうにニカっと笑い、どっかりとソファに座った。
「ちちち。まあ、とりあえず横に座れよ。」
小さめのそのソファには、お互いスマートな体型とは言え男二人並んで座ると
かなり接近する。
「狭いよ…これ…。」
「いーの!これで。これな、ラブチェアって言うんだぜ。俺たちに、ぴったりだろ?」
「ぴったり…?」
少し驚く三杉を気にせず、松山は続けた。
「俺さあ、迷ってたんだよなあ。ソファないと広々とはするけど、お前とイマイチ
 くっつけないだろ?お前ん家のソファはやたら広いしさ。で、これってわけよ。
 ネーミングもいいだろー?」
三杉の肩を引き寄せながら、さも満足そうに笑う松山を見て、三杉も幸せな気持ちになった。

「ねえ、松山。日向がね、僕たちのこと、ウサギみたいって言ったんだよ。」
「ウサギぃ?あいつ、バカか。」
「僕、それを、ちょっとかっこ悪いなあって思ってたんだよ。でもね、」
「でも?」
「かっこ悪くてもいいや、って思った。今。」
「お前は、何してもかっこ悪くならないぞー。」
「ふふ…、うん、ありがとう。」

人を好きになるってことは、時にとてもかっこ悪いかもしれない。
けど、こんなに楽しくて、幸せだ。
こんな素敵なラブチェアだって手に入れられる。
小さくてふわふわしたいたいけな動物。
君も、そんな風になれる相手に出会えるといいね、日向。

そんなことを、三杉は考えていた。



Fin.



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