想い
私は、この子がずいぶんと小さい頃から、ずっと傍にいます。
とっても優しくて、我慢強くて、誰からも愛される、私の可愛い子。
私は、この子が辛くて悲しくて、どうしようもない時にも、常に傍にいました。
ずっと変わらず彼の傍にいられるのは、私と、この子の父親くらいなのです。
この子は、とっても父親思いの子なので、決して父親の前で泣いたり、弱音を吐いたりしません。
けれど、この子だって誰かに甘えたいときはある。
やりきれない思いの時だってある。
そんな時、この子は、私をそっと抱いて、人目につかないところでこっそり泣いたりしていました。
その姿が愛おしくて、何度も何度も抱きしめてやりたくなりましたが、残念ながら、私には、
抱き締める「腕」もなければ、受け止める暖かな「胸」もないのです。
私は、動物の皮からできた、「サッカーボール」という、物なのです。
私は、まだこの子がずいぶんと小さい時、この子の父親に買われました。
この子は、とっても可愛いらしい笑顔で喜んで、それ以来ずっと――そう、それこそ本当に
片時も離さず、傍に置いてくれました。
この子は、私の扱いがとても上手なのです。
ちょいちょいと足で蹴り上げ、頭にちょこん、と乗せて、そのまま背中にするん、と落として、
また足元にきっちりと置く。
そんなことをいとも簡単にやってしまい、もともとその笑顔のおかげで誰からも好かれたこの子は、
ますます行く先々で人気者になったのでした。
私は、とっても鼻が高かった。
この子に扱われると、私自身とっても楽しくて、なんだかこの子と一体になれた気になるのです。
優しい父親に、才能と容姿(これは、案外大事なものです。特に、彼のような環境にあっては)に
恵まれたこの子でしたが、可哀想に、ひとつ所に長いこと居られない境遇でした。
この子の父親は、画家というお仕事をしていて、私にはよくわからないのですが、「夢」のために
全国を旅しているということでした。
この子を思う私は、お友達と離れるときの悲しそうな泣き笑いの顔を見て、この父親に少なからず
義憤を抱くこともありました。
お友達と別れる時、わざと別れの日を内緒にしたり、嘘をついたりしたのも、私は知っています。
それが、この子なりに身につけた、防衛法だったのでしょうか。
「また嘘ついちゃった。僕、きっと天国行けないね。」
そう、小さく私に笑いかけたあの子の顔は、忘れられません。
けれどこの子は、この父親のことがとっても好きで、誇りに思っているようでした。
また、父親も、息子に本当の意味での愛情と関心を持っているようです。
私の知る限りでは、一番素敵な親子だと思います。
私は今、真っ白な部屋で、この子の傍らにいます。
「病院」という所だそうです。
この子が事故にあった時、私は傍にいなかったので、その報せをこの子の父親の隣で聞いたとき、
生きた心地がしませんでした。(もっとも、私はもともと無機物ですが)
脚に、ひどいケガを負ったそうです。
生命に別状はないということでしたが、脚に大怪我を負う―――それは、この子にとっては、
死刑宣告にも近いものだと、思いました。
鳥ならば、翼。魚ならば、水。
この子にとってのサッカーとは、そんな物だと思うのです。
父親は、病院へ行くとき、私を持っていってくれました。
この子が、私をどんなに大事にしてくれていたかを知っていたからでしょう。
また、私と一緒に、同じ・・・彼ともずいぶん付き合いが長いのですが・・・沢山の寄せ書きをされた
サッカーボールも持って行きました。
サッカーを奪われるかもしれない彼にとって、私たちが今、姿を見せるのは酷ではないだろうかと、
彼とも話したのですが、父親の腕に抱かれた私たちを見て、この子は小さいころから変わらない、
可愛らしい笑顔で喜びました。
さすが、父親だ、そう思ったものです。
物事に動じない父親でしたが、さすがにこの時は、まるで自分が脚にひどい怪我を負ったかのように
痛そうな、辛そうな顔をしていました。
手術の終わった直後のこの子は、さすがに顔色が蒼白していて、とても痛々しかった。
「どうだ?具合は。」
「うん・・・」
曖昧な笑顔で、この子は応えました。
それ以外に、言葉がなかったのでしょう。
父親は、病室に私たちを置くと、帰ってしまいました。
悲しいくらい真っ白な部屋に、この子は一人です。
ちょっと、冷たすぎやしない?もう一つの寄せ書きボール君とそんなことを言い合ったのですが、
この子は、私たちをぎゅっと抱き締めると、ぽろぽろと泣き出したのです。
父親は、分かっていたのでしょう。
自分が傍にいると、この子は涙を流せないということを。
早く、一人にしてあげなくちゃ。泣かせてあげなくちゃ。そう思ったのでしょう。
辛い時には、涙を流すのが一番です。
私は、そうして、この子の涙を何度も見てきました。
けど、いつも思うのです。私は抱きしめてあげられないから、誰か、ぬくもりを持った誰かの前で
この子が泣けたら良いのに、と。
私と、寄せ書きボール君は、この子に何もしてあげられませんが、せめて、傍にいようと決めたのです。
幸い、この子の脚はしっかりと治療すれば、またサッカーをできるようになるということでした。
けれど、この子が歯を食いしばって出場を決めた、「ワールドユース」という大会には出られない
ということでした。
神様は、時々なんて意地悪なことをするのだろうと思いました。
そう医者から告げられた時も、この子は涙を見せませんでした。
けれど、今まで見たことのないような顔をしました。
人間の言葉では、「無表情」というそうです。
輝きを失った瞳をゆっくりと窓の外へ動かすと、大きな溜息をついて、
「そっか・・・出られないのか・・・」
そう、小さく呟くと、がばっと布団をかぶってしまいました。
だから、私には見えなかったのだけど、きっと、泣いていたのでしょう。
声もたてず----それは、彼が身につけた、悲しい特技でした。
10分ほどそうした後、彼はむっくりと起き上がり、身体を伸ばして寄せ書きボール君を取りました。
そうして、決まってある場所を愛おしそうに眺めて撫でるのです。
私には読めないのですが、以前、寄せ書きボール君に、そこになんて書いてあるのかを訊ねました。
彼は、とても誇らしそうに教えてくれました。
「大空翼という、すごい選手からのメッセージなんだ。『ワールドカップで優勝しよう』って。」
大空翼くん。この子の一番の友達で、一番のライバル。
「うん、これは、通過点なんだ。」
寄せ書きボール君から顔を上げたこの子の瞳には、いつもの生き生きとした輝きが戻っていました。
「きっと、こうなったのにも、何か意味があるんだ。」
そう、自分に言い聞かせるように呟きました。
なんて、強い子なのでしょう。
神様は、いつもこの子の小さな身体に釣り合わない災いや不幸をもたらしますが、この子はいつも
こうして自分で乗り越えて、それに合わせて心の器も成長させてきたのです。
どんなことでも、逃げずに受け止められるようにと。
私は、この子を心から誇りに思います。
この子のもとへ来て、本当に良かった。
次の日、この子の父親と一緒に、小さい頃に離れてしまった母親とその家族も一緒に来ました。
この子によく似た、可愛らしい妹は、ずっと泣いていました。
妹の心の負担を軽くしてやろうと、この子は心からの優しさを持って言葉を掛け、髪を撫でていました。
この子は、自分の痛みには知らない振りをするのに、他人の痛みにはどこまでも敏感なのです。
私は、思っていました。
ナイテシマエ、と。
一人で流す涙と、誰かに受け止めてもらう涙は、流した後の心の軽さが、全然違うのではないでしょうか。
私は、いつも、この子に、誰かに甘えて欲しかった。
私に暖かな胸があったら、私に甘えて欲しかった。
でも、もう、大丈夫。
この子は、母親の優しさに触れて、涙を流すことができたのです。
沢山の想いを抱えてきたこの子の、結晶です。
しばらく、母親のもとで甘えさせてもらうと言ってくれたのです。
私は、何の変哲もない、サッカーボールです。
いつまで、この子の傍にいられるか、分かりません。
けれど私は思うのです。
この子のためなら、消えてしまっても構わない、と。
そう思える人間のもとへ来られた私は、世界一幸せなボールです。
願わくば、この子の未来が希望に満ちた、輝くものでありますように。
fin.