「なーあんてね、うっそっさっ。」
岬は、からりと表情を変え、大笑いした。
「うそ???」
「そ。う、そ。」
「岬、今のは……キツイ、ぞ。」
若林は、大袈裟に肩を落として見せた。
「だって、君が僕をからかうようなことばかり言うからさぁ。」
「悪かったよ…。かわいらしいもんで、つい…。でも…」
「でも?」

「惚れてるってのだけは、信じてくれよ。」

さっきとはうって変わって、若林の目は真剣そのものだった。
「じゃなきゃ、誰がはるばるドイツからフランスまで来たりするもんか。」
「どうして…?」
「どうして…?そんなの、俺にだって分からない。はじめは、本当に、噂の美人の東洋人のウェイトレスをフランスへ行ったついでに、軽い気持ちで見に行ったんだよ。そしたら、男だろ?びっくりしたけど、本当にきれいなんで、どうでも良くなった。他の常連客と楽しそうに話す岬の笑顔をいいなあって思うようになって、しょっちゅう見に来てしまってた。」
そこまで一気に喋ると、若林はワインをぐびりと飲んだ。
「俺、フランス語、得意じゃないだろ?岬が日本人だなんて知らなかったから…話し掛けるのに中々思い切りがつかなくて…。でも、フランス語練習したんだぜ。少しでも君と話せたらって思って。」
「……きれいな発音だったよ…」

「……………」

「変なこと言って悪かった。忘れてくれ。今日は、本当に楽しかった。」
そう一方的にまくしたてると、若林はチェックのため、ウェイターを呼ぼうとした。
が、岬は若林が挙げようとしたその手をつかんで、止めた。
「僕の部屋に……おいでよ。これは、本気だよ。」
「どうして……?」
「どうして…?僕だってわからない。でも、一目惚れがこの世にあるなら、一度、一緒に食事しただけで恋に落ちることがあっても、おかしくないだろ?」
そう言いながら若林を見上げる岬の瞳は、今度は本当に潤んでいた。
若林は、挙げかけた手を降ろしながらそのまま岬の手を握りしめ、
「知らんぞ、本当に。」と言った。
岬は、肯定の意味を込めて恥ずかしそうに、首を傾げた。

岬の部屋は、あのカフェのギャルソンらしく、質素だがきれいに整頓されていた。
さすがに、すぐベッドへ−−というわけにもゆかず、岬は若林にシャワーを勧めた。
待っている間、ソファに腰掛け、何気なくテレビをつけると、サッカーがやっていた。
少し前の試合のようである。
ドイツのリーグ戦のようなので、もしやと思って見ていると−−−若林が、片側のゴールポストに居た。
チームメイトに指示しているのか、指差ししながら厳しい表情で何か言っている。
若林の穏やかな姿しか見たことのない岬は、思わず見入ってしまった。
ふと気付くと背後に、岬の用意しておいたビールを飲みながら若林が立っていた。
「これは、勝った試合?負けた試合?」
「勝った試合だよ−−−…俺は、負けないから。」
若林が、早速岬の耳もとに口付けてくる。
心地よい緊張感にこのまま身をまかせてしまいたくなるが、自分は今日一日中、あのカフェで働いていたのである。とにかくシャワーを浴びなくては…。
「ちょ、ちょっと待っててよ。」岬は、若林から逃げるようにシャワールームへ行った。
その後ろ姿を、若林は、可愛いなあと思いながら見送った。

シャワーから出て来た岬は若林の横に腰掛け、ビールを飲みながらメンソールに火をつけ、しばらくTVに見入っていた。
「君って…超一流の選手だったんだね…。」
「まあ、な。」
「女性にもてるでしょ?すごく。」
「まあな。サッカー選手ってだけで女は寄ってくるよな。」
「僕なんかでいいの?」
「『なんか』なんて言うな。」
若林は、岬からメンソールを取り上げ、唇に口付けた。
何度も、何度も。
「ねえ、試合、見ないの?」
「3-0で勝ったよ。」
そう言うと若林はTVを消し、そのまま岬をソファに押し倒した。
「もう、ガマンの限界。」
岬はその言葉を聞くと、クスリと笑い、奥のベッドルームを指した。
若林は軽々と岬を抱き上げ清潔なシーツにくるまれたベッドまで運ぶと、激しく口付け、耳に舌を這わせ、白い首筋を吸った。
「跡がついちゃうよ。お客さんにからかわれちゃうよー。」
「恋人ができたって、言えばいいだろ?」

岬から切ない吐息がもれるたび、若林は、自分の体温が上昇するように感じた。
岬も−−−…男性と寝るのは初めてだったが−−−…若林の熱い身体に心地よさを感じていた。
「きれいな、筋肉だね。」
汗ばんだ若林の胸元から腕にかけて、細く、しなやかな指でなぞりながら岬は、甘い息遣いのまま言った。
「よく、おしゃべるする唇だな。」
そう言いながら若林は岬の柔らかな唇にキスをする。その感触を楽しむかのように、ゆっくりと。
「だって、君のことたくさん知りたい。」
「俺もだよ。……岬、好きだ。」
若林の甘い囁きを聞きながら、快感の波にのまれ、岬は、固く、目を閉じた。

翌朝。
肌寒さを感じて目覚めた岬は、裸のまま寝てしまったことに気付いた。
隣には若林がうつぶせの姿勢で眠っている。
こうして、朝日のもとで改めて見ても若林は本当に良い男ぶりである。
しっかりした眉毛や鼻筋を指でなぞって、指先に愛おしい人の顔だちを記憶させようとする。
若林はくすぐったそうにして、寝返りをうち、背をむけてしまった。
退屈さを感じた岬は、ベッドに起き上がり、サイドテーブルに置いてあるタバコに火をつけた。
「寝タバコは危ないぞ。」
若林がニヤニヤしながらくるりとこちらを向いた。
「朝日のもとで見ても、やっぱりきれいなんだな。」
その言葉をきいて、岬はクスリと笑い、煙をゆっくりと吐き出した。

「昨日は、今までの人生で最高に楽しい誕生日だった。」
若林は、本当に満足そうに言ったが、それを聞いた岬は呆気にとられた。
「え!?昨日、誕生日だったの!?」
「そうだよ。23歳になりました。」
「え−−−!?早く言ってよ!!結局、昨日の食事代だって君が出してくれたし…」
いいんだよ、と若林は笑う。
「何よりも、欲しかったものをもらったから。」
そう言って岬を抱き寄せ、耳もとに口付けた。
「本当に、君には呆れさせられるよ…」
口ではこう言っていたが、そういうもの悪くないなあと岬は、思っていた。

それからは、あのちっぽけなカフェでは時折、東洋人のがっちりした青年と、美しい中性的な青年が二人、楽しそうに話す姿が見られるようになった。

Fin.

ギャルソンな岬君を書きたい!という欲望だけで書きました。ドイツサッカーのシーズンオフがいつかとか全然調べずに書いてます…。設定おかしかったらごめんなさい。でも、つっこみはナシでお願いします。