Too quiet smile



全日本Jr.ユースが優勝を決めた瞬間、翼は岬に駆け寄り、岬は翼に抱きついた。
翼は岬を抱き上げ、−−−−二人ともこれ以上はないくらいの笑顔で−−−−紙吹雪の舞う中、まるで、
世界中が二人を祝福しているかのように見えた。

若林には、そこに、「完璧な幸せ」を見た気がして、心がちくりと痛むのを感じた。

さんざんロッカルームで皆とはしゃいだ後、岬はシャワールームへと向かった。
ちょうど、一足先にシャワーを終えた若林に出くわした。
岬は、この、自分よりふた周りほど大きな、優しい恋人に柔らかい微笑みを見せた。
若林が近付き、岬の髪を撫で……普段なら優しくキスをする場面だが、この時は違った。
「魂の片割れに出会えて、良かったな。」
そう言い残し、シャワールームを去って行った。
あまりに穏やかすぎる微笑みと共に。

その後ろ姿を見送りながら、「まいったな…」岬は、呟いた。

「乾杯!」
「おめでとう!」
「かんぱーい!!」
夜になって開かれた祝賀会会場では、もう何度めになるのだろうかという乾杯が、あちらこちらで行われていた。
アルコールこそ出ないものの、皆、念願の勝利に酔いしれ、会場は異常な熱気と興奮に包まれていた。
そんな中でも岬は、自分の恋人のことが気掛かりだった。
シャワールームで見せた、あの、穏やかすぎる微笑みが。
岬から少し離れた所で若林は、日向と飲み物片手に何か楽しそうに話し込んでいる。

「ねえ、ああいう顔をする時はすごく傷付いている時だって、君自身は知ってる?」
岬は、心の中で呟いた。

岬が若林の方へ歩み寄ろうとした、その時、
「h〜〜〜〜。みさきくん、俺、人に酔ったみたい…。」
翼がふらふらと岬の方へ来た。
若林の視線がこちらにあるのを、岬は感じていた。
「ぎもぢわるい……」
そう言って翼は岬の胸元に倒れこんで来た。
「え〜〜〜〜、もう…。とりあえず、外の空気吸いに行こ。ね?」
若林が気掛かりだったが、翼を放っておくわけにもいかず、後ろ髪ひかれる思いで岬は翼を外に連れ出した。

その一部始終を見ていた若林は少し自嘲的に微笑み、
「あの二人に嫉妬するなんて、俺、バカみたいだ」
と、誰にも聞こえないように呟いた。
「とにかくめでたいんだ!日向、騒ごーぜ!」
日向は少し怪訝な顔をしていたが、二人はすぐに会場の興奮に馴染んでいった。

ホテルには立派な裏庭があり、よく手入れされた芝生が植えられていた。
夜のせいで木々は黒い大きな固まりに見え、うっそうとしていたが、祝賀会の行われているホールの
賑やかな明かりが漏れ、夜のロマンチックな散歩をするのにちょうど良さそうな明るさを作っている。
「ん、あ〜〜〜」
岬と共に外に出た翼は思いっきり伸びをした。 
「あの〜。翼君?君、気分は……?」
岬の数歩先を歩いていた翼は、満面の笑顔で振り向いた。
「うん、とってもいいよ。」そして、「岬君と、やっと二人きりになれたから。」と付け加えた。
予想外の台詞を聞いた岬は、もともと大きな瞳をさらに見開いたが、すぐに冷静さを装うと
「もー。わけわかんないこと言ってないで、戻るよ!」
と、翼の腕を引っ張った……つもりだったが、逆に翼に強い力で腕を捕まれ、バランスを崩して倒れこみ、
ちょうど翼に押し倒されたような格好になった。
「ちょ、ちょっと、つばさくん!?どいて…」
優しく押し戻そうとしたが、翼は岬に抱きついたまま離れない。
押し戻す腕に力を込めた。
「なにも。」翼が、絞り出すような声を出した。
「なにも、しないから、このまま2、3分だけ………」

全日本メンバーが帰国した後、岬と若林は久しぶりに二人きりで会い、夜を共にした。
もう涼しくなっているはずなのに、部屋は二人の息遣いで熱く感じられた。
「ねえ、若林君。」
若林の唇から解放された岬は、若林の顔を両手で優しく包み込みながら言った。
「君と、翼くんは、似ているね。」
その意味が分かるのか分からないのか、若林は岬の耳もとに、お前が、好きだ、と囁いた。
岬の細い、白い指に若林の指が絡み付く。
「僕も、君が好きなんだ。」
若林の手を自分の顔に引き寄せ、涙を一粒流して、岬は言う。

岬は、あの夜の翼の後ろ姿を思い出していた。
「みさきくん」
「君は、若林君がすきなんだろう?」
「今は、若林君しか見えないかもしれないけど……でも……もし、辛くなったり泣きたくなった時には、
俺の事思い出してよね。」

そう言って振り向いた時の翼の顔は、「あまりに穏やかすぎる微笑み」だった。
岬は、自分が翼を傷つけていたのだということを、初めて知った。


Fin.



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