Sleeping Beauty

全日本Jr.ユースの合宿。
練習の休憩時間、岬は少し一人になりたくて、皆の輪を離れて大きな木の木陰に座った。
久しぶりに会えた皆。
誰も、自分のことを忘れていなかった。再会を喜んでくれた。皆とサッカーできる。岬は、ひとり微笑んだ。
ヨーロッパの夏は、日射しさえ避ければ湿気もなく、心地よい。

心地よい…あまりに心地が良くて、岬は、うとうととし…そのまま眠ってしまった。

「わっ」
三杉は、何気なく、その木のもとへ来たのだが、眠る岬を見つけて驚いたようだった。
「こんなところで眠ると−−−」
風邪ひくよ。と言いかけたが、季節は夏。木陰とは言え、十分に温かい。
それに、岬はとても気持ち良さそうに眠っている。起こすのは可哀想だな、と三杉は思った。
一応、コーチとしての気遣いからか、少し迷った後、自分が羽織っていたジャージの上着を脱ぎ、岬にかけた。
しかたないねぇ、という顔つきをし、軽く溜息をついた三杉は、岬の横に腰掛け、少しの間寝顔を見ていた。
「久しぶりに君のサッカー見たけど、やっぱり、翼君のベストパートナーは君だね。悔しいけど。」
寝顔の岬にそう話し掛け、頭を2回ポンポンと軽くたたき、三杉は立ち上がった。
「練習始まる時は、君の魂の片割れに呼びに来させるよ。」
岬は、相変わらず気持ち良さそうに眠ったままである。

「おーい、わかしまーづ……とっ、なんだぁ?」
若島津を探していた様子の日向だが、代わりに足下にすやすやと眠る岬を発見し、面喰らっていた。
「みさき…?寝てんのか…?」
もちろん、岬の返事はない。聞こえるのは安らかな寝息。
日向はその場に腰掛け、岬の頭を撫でた。
「女みてぇな顔しやがって…」
日向は空を仰ぎ、何かを思い出しているようである。
「そーいや、お前だけは、俺のこと『小次郎』って呼ぶよな、昔から。若島津なんて今だに『日向さん』だぜ。もっとも、あれは俺に『キャプテンとしての自覚を持て』って意味でそう呼んでるんだろうけどな。……寝てるから言うけどよ、またお前とサッカーできて、嬉しいぜ、正直。」
いくら相手が眠っているとはいえ恥ずかしくなったのか、日向は自分の頬をポリポリと掻いた。
「ひゅうがさーん!」
少し離れた位置から若島津が呼ぶ。
日向は慌てて、若島津に『シーッ!』というジェスチャーをした。
若島津は「?」という顔をしていたが、日向は岬の頭をもうひと撫でし、「じゃあな。」と小声で言い残し、走って行った。

「あれー、みさきくん?」翼が来た。
しゃがんで岬の顔を覗き込むと、「寝てるのかあ」と、退屈そうに言い、その場に座った。
翼は、じーっと岬の顔を見ている。
「岬君、聞いたら怒ると思うけどさぁ、うーん…うー…かわいいね。」
岬は、相変わらず気持ち良さそうな寝息をたてているばかりである。岬が眠っているのをもう一度確認した翼は、言葉を続けた。
「俺さ、ほんとは怒ってたんだよ。君が3年も連絡くれなかったこと。だって、俺、すごくすごく心配したんだよ。『岬太郎は再起不能になった』なんて無責任な噂まで出るしさ…」
涙だろうか、汗だろうか、翼は顔をぐいっとぬぐった。
「若林君が、手紙で岬君の近況報せてくれた時には安心もしたけど、俺、怒ったよ。俺、岬君の一番の友達だと思ってたのにさ。何も言ってくれないなんて…って。次会った時には絶対、うーんと怒ってやるって思ってた。」
「でも、エッフェル塔の下で出逢った時、君は昔のまんまのきれいな笑顔でさ、俺、3年間のことなんてどうでも良くなっちゃったよ。だからね、あの寂しさと怒りは、俺、一生、君には伝えないんだ。」
翼は、岬の手をそっと握った。
「岬君と、またサッカーができて、ほんとに良かった。」
グランドに目をやると、三杉が監督たちと話をしている。まだ練習は再開しないようである。
「じゃ、また後でね。」
翼はそう言い残し、三杉たちのもとへ走って行った。

「みさき?眠ってるのか?」
若林が、岬の髪を撫でた。岬の返事は、ない。
「そのまま狸寝入り続けるなら、この場で襲うぞ。」
若林のこの囁きを聞いて、岬はクスクス笑いながら、身を起こした。
「どうして寝たフリってわかったの?」
「お前のことが、誰よりも好きだから。」そう言って若林は岬の肩を抱き寄せた。

「どうしたの…?大会終わるまでは二人きりで会わないって、君が言ったくせに。」
「心の休憩がしたくなったんだよ。」
「……やっぱり、悪役ぶって孤立してるのは寂しいってこと?」
岬がからかうように微笑みながら言った。
「別に、そういうわけじゃねぇよ。」
岬から目を逸らし、若林は憮然とした表情で返した。岬は、若林の、この、時に偽悪的な、けれどいかにもお坊っちゃんぽいところが大好きだった。
「どうして寝たフリなんかしてた?」
「はじめは本当に寝てたんだよ。でも、皆、僕が寝てると思って好き勝手なこと言って行くから、面白くって。」
「とんだ眠り姫だな。」
今度は若林が岬をからかうように笑いながら言った。
「なんだよ、それ。……でも、君が、僕になんて言ってくれるか楽しみにしてたのになぁ。」
「俺は、お前が眠ってなくちゃ言えないことなんて、何ひとつないぞ。」
いかにも『若林源三』らしい、自信満々の笑顔で若林は言った。

「みさきく〜ん!起きた?練習再開だよ〜!」
翼が、手を振りながらこっちへ走ってきた。
「来たぞ、魂の片割れ。」
若林はそう言い、岬の背中を軽く叩いて、去って行った。
「……若林君、本当に、今大会、出ないのかな…。なんか恐いし。どうしたんだろう。」
岬のもとへ来た翼は、若林の後ろ姿を見送りながら残念そうに呟いた。
「ほんとにね、どうしたんだろうね。」岬は、いかにも『岬太郎』らしい、きれいな笑顔で応えた。
翼も、その笑顔に応えるかのように嬉しそうに笑った。
「岬君、サッカーしよ。」翼が、まだ座ったままの岬に手を差し出し、岬もそれに掴まって立ち上がった。

「翼君、ごめんね。」
「?何が?」
「ふふ。なんでも。」
「???変な、岬君。」

そんなやり取りをしながら、二人は走って行った。

その背中には天使の羽が生えているようかのように、軽やかに。

Fin.


息子@1歳の寝顔を見ていて急に思い付いた話。私の脳内では、岬君、皆に愛されています。(恋愛感情とはまた別に)

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