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翼君は、夫にも父親にもなれないの。
彼は、『大空 翼』でしかいられないのよ。
でもね、そんな彼だからこそ私、惹かれるのかもしれない。

以前、大空一家と会った時、翼君が少し離れたところで子供達とじゃれあうのを見ながら、早苗ちゃんがそう言った。
その顔はとても慈愛に満ちていて、純粋に綺麗だなあと思った。
彼女は、本当に夫を愛しているのだ。きっと、何があっても許し、受け入れるのだろう。愛しているから。
彼女からは、「嫉妬」という感情がきれいに取り払われているようにさえ思えた。
こんな優しい、美しい人に嘘をついていることが、僕は心苦しかった。
それならば彼との関係など断ち切ってしまえば良いのに、それが簡単にできない。
何故、恋心とはこうまでコントロールできないものなのか。

「もういい加減、終わりにしようよ。」
今まで、何度も何度もそう言った。けれど結局いつも、彼に、僕の心はさらわれるのだ。
まるで倦怠期を迎えたカップルが刺激を求める為のイベントとして別れ話を切り出すようで、毎回自己嫌悪に陥る。
「終わりになんか、できるわけないじゃないか。俺はこんなに君が好きだし、君も俺を好きだろ?終わらす理由なんか、ない。」
「奥さんは?可哀想だろ?」
「もう、それは聞き飽きた。俺、彼女のことは愛してるって、何度も言ったろ?一緒にいると安心するし、休まるって。けど俺は、君に、恋してるんだ。手放したくないんだ。彼女との生活を壊す気なんかないよ。彼女との生活は必需品だよ。けど、それだけじゃ、俺は嫌なんだ。君という贅沢も、欲しい。君が俺を好きでいる内は。」
そんな、陳腐なドラマみたいな台詞も彼の端正な唇から発せられると妙に信憑性があるのだ。
おそらく、彼の場合、そこに自己陶酔の欠片もないからであろう。
彼は、自己に陶酔する必要など、ないのだから。
 
正直言って、僕はお嫁さんになったことはないし、翼君と結婚したいなんて思わないし、ましてや女じゃないから早苗ちゃんの気持ちは想像つかない。
けど、けれど。
僕だって、『誰かの子供』なんだ。だから、子供の気持ちは想像できる。
「父親が、大好きな母親を裏切ってるなんて知ったら、どれほど失望すると思う?君だって、分かるだろ?」
子供のことを切り出すと、彼もさすがに少し言葉に詰る。
「……俺は、それ以上に、自分を裏切ることの出来ない男なんだ。」
「君も……僕も、最低だ。」
そう、最低だ。
彼が、子供達を裏切る道を選んだことに怒りよりも、どこかしら安堵感を持つ僕も、最低の人間だ。

そんな、1ヶ月前のやりとりを思い出し、暗澹としている僕の気持ちとは裏腹に、部屋のチャイムは軽快な音で彼の来訪を報せる。
僕の、悪魔の。
彼には、「悪魔」という表現がぴったりくる。
気高く、いけないと思うほど、恐ろしいくらいに惹き付けられる。

*    *    *

ドアを開け、俺の顔を確認すると岬君は、いつものように少し憂鬱そうに溜息をつく。本当に嫌ならドアを開けなけりゃいいのに。
そしていつも決まってこう言う。「何しに来たの?」って。分ってるくせに。
「君に、会いに来た。」満面の笑顔で俺は言う。
俺は知ってる。彼が、俺のこの笑顔には逆らえないってことを。彼もまた俺に、夢中だから。
岬君は俺を少し睨みつけた後、観念したように少し微笑む。これが、俺を受け入れた合図なのだ。

「ビール?ワイン?それともノンアルコール?」
そんな、日常的なやりとりをする時の彼はとても清潔感に溢れていて、きれいだ。世間の人が抱いている『岬太郎』のイメージそのものである。
部屋も、それと同様に清潔感と秩序に溢れている。
けど俺は知ってる。清廉な仮面の下の情熱を。
部屋も、俺と彼によって描かれるベッドのシーツの皺で、隠された情熱が露になることを。
俺はこうして時々、彼が心のどこかに閉じ込めてしまった欲望たちを解放しに来るのだ。
そのドアは固く閉ざされているけれど、構わない。俺はそれを、ぶち壊してやる。

「君が、欲しいです。」
そう言って後ろから抱き寄せると不機嫌そうな顔つきで俺を見る。
彼のこの瞳を見るだけで、俺は全身が総毛立つのを覚える。
抱き締めてキスして、めちゃくちゃにしてしまいたくなる。何故こんなに、俺を夢中にさせるだろうか。

「終わりにしよう。」
まただ。
今まで、何度も岬君からそう言われた。
彼はいつも自分以外の人が傷付くのを恐れ、避けようとする。
「こんな…こんな、嘘の上塗りを続けていく関係は、嫌だ。苦しいよ。」
「俺を失うのは、苦しくないの?」
岬君は、何も言わない。言えないってことが、何よりの返答だ。
「どうせどちらにしたって苦しいなら、一緒に居ようよ。俺は今の君の苦しみを、受け止めてあげる。俺は君より、もっともっと苦しむから。けど、君を失う苦しみに比べたら、なんて魅力的な苦しみなんだろうと思ってる。」
本当は、こんなに言葉に出してしまう必要などないのに。
俺はただ、岬君が欲しい。それは彼も同じなのに。
観念的なところから入ろうとするのは岬君の悪いくせだ。もっと、本能的なことを大事にした方が良い。
「君は…僕の、悪魔だ。」
岬君が困ったように微笑み、そう言った。そうかもしれない。
けれど、彼もまた、俺の悪魔なのだ。
深みにはまらずにいられない。もっと、苦しめたい。

そして、もっと苦しみたい。

Fin.

翼くんがかなりサイテーな感じになってしまいました。危険で、魅力的な男を書きたかったんですが。
この歌は曲も詩もかっこよくて大好きです!
大人〜って感じです。
私も、こんな恋愛してみたかったな…なんて思ってしまいました。

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