出さない手紙

若林君、お元気ですか?僕は元気です。
こちらはヨーロッパよりも随分と温かくて、雪なんて見られそうにありません。
学校は、中々面白いです。
先生達が、学生服の着こなし方や、女の子のスカート丈にいちいち口うるさいのには驚きましたが、まあ、それはそれ、僕は要領良くやってます。
勉強は、そっちで習ってたのより随分と難しくて、苦労しています。
あの翼君が、学校の成績は結構良いというのが、意外でした。
一応受験生なので、サッカ三昧…というわけにはいかないけれど、週に一度くらいは翼君や井沢君、石崎君たち、お馴染みのメンバーでサッカー部に顔を出して練習しています。
君は、相変わらずサッカー中心の生活なんだよね?羨ましいです。
けれど、高校に行ったら皆とずっとサッカーすることができるので楽しみです。
翼君はいないけれど…。
ああそうそう、翼君とあねご…もとい、早苗ちゃんは結構いい感じみたいです。

う〜ん…。我ながら、つまらない手紙だ…。
若林君に「手紙出すね」なんて、言わなきゃ良かったなあ。僕、ほんとは苦手なんだなあ。
でも、そうとでも言わなきゃ、あの拗ねたお坊っちゃまをなだめること、できなかったしな…。
書きかけの若林への手紙を見つつ、岬は、はぁ〜と大きく溜息をついた。
岬は、ほんのひと月半ほど前に、フランスより帰国した。

「僕、日本へ帰ることになったんだ。」
岬がそう告げた時の若林の顔は、思わず笑ってしまいそうになるほど唖然としていた。
「い、いつ…?」
「さ来週だって。父さんから昨日、言われた。」
「んな、お前…急に…。」
「父さんの中では急じゃなかったみたい。言われたのは、急だったけどね。」
「お前、いいのか?せっかく、フランスの一流のクラブチームからも話きてるっていうのに…」
「うん、どうせ、今は入るつもりないし。」
「でも…」
「父さんが『帰る』って言うのに、僕、逆らえないよ。子供だもん。」
岬があまりに飄々とした様子なのに、若林はとうとうしびれをきらした。
「あのな!俺が言いたいのは…!なんでお前が、俺と離れたくないとか、そういうこと言わないかってことだ!」
普段はすごく大人っぽいくせに、時々見せる駄々っ子ぶりが岬は割と好きだったのだが、今日のそれは特別激しくて、岬は思わず笑った。
「おい!何笑ってんだよ!俺は…」
「ごめん、ごめん。けど、どうせ、今だって離れてるじゃない。ドイツとフランス。結構、距離あるよ。」
「……けど、地続きだ…。時差だって、ない。」
相変わらず、若林はふくれ面である。
「ねえ、若林君、機嫌直して?僕、ちゃあんと、時々手紙書くから。電話だって…電話は、電話代高いから無理かもしれないけど…。とにかく、手紙は、書くよ。写真だって送っちゃうぞ。」
拗ねる若林の頬を両手で包み込み、岬は、とびきりの笑顔で言った。
すると、若林の表情が見る見る明るくなっていく。
岬は、若林の、この、分かりやすさが大好きなのだ。
「ほんっとーだな!?ほんっとに手紙書くんだな!?俺、待ってるからな!電話は、任せとけ、俺からかける!」
「そうやって、すぐ機嫌直してくれるところ、好き。」
それを聞くと若林は岬をぎゅう、と抱き締め、顔中にキスの嵐を浴びせかけた。

「思い出し笑い?スケベだなぁ。」
岬が、若林とのことを思い出し、クツクツと笑うと、いつの間にか、目の前の席に翼が頬杖をつき、座っていた。
ここは、図書館。土曜の午後。
父のいる自宅で若林へのラブレターを書く気にはさすがになれず、勉強道具持参で図書館へ来ていたのである。
「つ、翼くん!?なんで、ここに…?」
「市内の図書館に、市民である俺がいちゃいけませんか?」
「そうじゃなくて、えーと、えーと、偶然?」
「んなわけないだろ、俺、受験生じゃないし。岬君ち行ったら、お父さんが図書館だって言うから、来た。」
なんだか、翼は機嫌が悪そうである。
はた、と気付くと、頬杖をついたままの翼の不機嫌そうな視線は、岬の手元の手紙に注がれていた。
岬は少し慌てたが、内容が普通の友人に送るような代物だったので、平静を装い、翼の言葉を促すかのようににっこりと微笑んだ。
「……若林君には、手紙書くんだ。俺には書いてくれなかったのに。」
いよいよもって機嫌が悪そうである。
やきもちを妬いているのだとは分ったが、どう取り繕ったら良いか、岬はしどろもどろになった。
「えーと、えええと、ほら、若林君て、自信家のくせに変に寂しがりでロマンチストなところあるだろ?きっと、Jr.ユースのこと思い出して、しんみりなっちゃってるんじゃないかな−…なんて思って…。」
翼の表情は不機嫌そうなまま、変わらない。
「俺だって、かなり寂しがり屋さんなのに。」
「……ごめん、悪かったと思ってる、ほんとに。」
確かに、翼に3年も連絡を取らなかったことはずっと申し訳ないと思っていたので、岬は心底謝った。
「ほんとに悪かったと思ってる?」
「はい、思ってます。ごめんなさい。」
岬はペコリと頭を下げた。
「よし、じゃあ、今日、今から俺につき合ってもらおうかな。そしたらチャラにしてあげる。」
「えっ?僕、受験生…」
「ラブレター書くような余裕のある受験生に、俺は同情しないのだ。」
そう言うと、翼は、岬が広げていた勉強道具を勝手に片付け、岬の腕を引っ張り図書館から連れ出した。

「さーてと、どこ行こうかなっ。」
「どこ行こうか…って、翼君、僕に用事があったんじゃないの!?」
「岬君と、この、南葛市でデートしたいなあ。それが、用事。」
天真爛漫、という表現がぴったりな笑顔を見せられると、岬は「降参…」と呟いた。
「よし!こうなったら、今日は一日楽しむぞ!」
そして、吹っ切ったように明るい表情を見せた。

二人は、商店街でコロッケなどの軽食を買うと、公園でそれを食べ、色々おしゃべりし、草サッカーをしている小学生達に少し混じったりして、土曜の午後を思いきり楽しんだ。
「次はどこ行こうか…」
岬がそう言って翼の方を振り返ると、翼は、プリクラのブースからはしゃぎながら出てくる少女を見て立ち止まっていた。
「ああ、あれ、写真シール作れるんだよね?フランスにもあったけど、すっごく高くて…」
「俺、岬君と、あれ、撮りたい。」
「えっ。え−?僕なんかじゃなくて、早苗ちゃんみたいな、可愛い女の子と撮りなよ−。」
「嫌だ、岬君と、撮りたい。」
翼は、妙に真面目な顔で言ったかと思うと、岬の腕を掴んでブースへずんずん歩いて行った。
「つばさくん、恥ずかしいよ、オトコ二人でなんて−。」
「恥ずかしない。」
「翼君はそうかもしれないけど…。」
岬の言葉に翼は足を止め、振り返った。その顔は、今にも泣き出しそうだった。
「つばさくん?何も、そんな悲しそうな顔しなくても…」
「俺、ずっと、岬君とこうやって、普通の友達みたいに過ごしてみたかった。」
岬の目をじっと見つめ、翼は激しい感情を押し殺したような声で言った。
そういえば、翼と岬が会うのはいつも激しい戦いが繰り広げられる、ピッチの上。
お互いが『親友』と呼べる関係なのに、今日みたいにのんびりと話をしたり、遊んだりしたことはなかった。
そして、もうすぐ翼はブラジルへ旅立つ。
これからも、こんな風に「友達らしく」過ごすことは、もう、ないだろう。
「…うん。思い出に、いいかもね。」
いつもは『去る側』の岬は、今の翼の気持ちがなんとなく分かる気がして、優しく笑ってそう言った。
「ほんと!?わぁ、嬉しい!!」
さっきの表情が嘘のように翼はカラリと笑うと、本当に嬉しそうにプリクラを撮った。
8分割で出てきたその写真シールを、翼は丁寧に半分を切り取り、岬に差し出した。
「岬君も、いつも、目に入るものに貼るんだよ!」
岬は、はいはい、と言って笑った。

なんだか翼から、心に温かいものをプレゼントされたような、ほっこりとした気持ちで岬は家に帰った。
「父さん?いないの?」
テーブルを見ると、父の字で『夜の冬薔薇を描きたくなったので出かけます。メシは先に食ってて下さい。』と書いてあった。
「僕にとって特別な人って、皆、どっか似てるんだよなあ。勝手で、可愛らしくて。」
そんな独り言を嬉しそうに言って、晩ご飯の準備に取りかかろうとした時、電話が鳴った。

「はい、みさきで…」
『みさきか!?おい!!手紙は!?て、が、み!』
突然、電話口で大声で怒鳴られ、岬は耳がキーンとし、目の前がチカチカする気すらした。
「えーと、もしかして…もしかしなくて若林君ですか?」
『ああ、そうだよっ!もう、1ヶ月以上経つぞ!一通もよこさないとは、どういうことだ!?』
「今日の昼、書いていたよ。」
『よし!じゃあ、すぐ出せよ!俺、この1ヶ月、毎日ポスト、1日2回チェックしてんだぞ!!』
「はい、はい…。でもさあ、こうして電話で話すなら、手紙いらないんじゃない?」
『おーまーえーはー。分ってねぇなあ。手紙ってのは、書いてる間中、相手のこと想ってるだろ?そこに意味があるんだろうが。お前、結構ドライなとこあるからな、時々手紙書いて、俺の姿やら声やら想像しろよな。』
「若林君、あのね…」
『あっ、じゃあ、俺、今から練習あっから!じゃあな!早く送れよ!』
結局、自分の言いたいことだけを一方的にまくしたてて切ってしまった。
岬は、しばらく受話器を持ったまま呆然としていたが、仕方ないなあというように少し笑い、受話器を降ろした。
「今日の晩ご飯、冷凍ものでいいや…。」
そう言うと、テーブルの上にレターセットを出した。

若林君、君は、僕のことを「結構ドライ」なんて言ったけど、君に関してはそんなことないよ。
だって、今日、君が電話をかけてきて、声を聞けて、とっても嬉しかったもの。
もっと聞いていたいなって思ってたのに、君、一方的に切ったでしょ。
手紙が中々書けないのは、想いがたくさんありすぎて、言葉にする前にどんどん溢れてしまうから。
書いてる最中はもちろん君のこと考えるけど、そうじゃない時だって、いつだって君のこと考えてるよ。
楽しいことがあると、「ああ、ここに若林君がいたら」って思うし、面白い映画を見たら「今度は若林君と見よう」って思ってるよ。
手紙書いたりしたら、増々君に会いたくなっちゃうじゃないか。
すぐには会えないのに。
だからせめて、時々声を聞かせて下さい。
今度はもっと、ゆっくり話をしよう。

「うん、僕の気持ちは、上手く書けたぞ。」
なんだか、大仕事を終えたような清清しい気持ちになった岬は、さっさと晩ご飯を済ませ、寝てしまった。

翌朝。
「今日の用事は…まず、この手紙を郵便局に持って行って…」
清清しい冬晴れの朝、岬はテキパキと1日の段取りを整えていた。
「いや、ちょっと待て。もう一回、手紙、読み直そう。」
そう言って、昨夜書いた手紙を封筒から取り出し読んだのだが…
「なんだ、これ!はずかし!こんなん、出せるか!…手紙は、夜書くものじゃないな…。」
岬はビリビリに破き、ゴミ箱に捨てるとまたレターセットを広げ、うんうんと悩んだ。

若林君、お元気ですか?お元気ですね、きっと。
僕は元気ですが、受験というハードルを前にもがいています。
でも、やはり日本は良い国です。
次会える日を楽しみにしています。
あ、今度電話かけてくれる時は、怒鳴らないでね。
普通に話しよう。

「うん、こういうのが、僕らしい。」
と言って手紙を封筒に入れようとした時、ふと思い付き、少し手を加えた。
「これで、完璧。次の電話、楽しみだな。」

最後の行には、こう、加えられていた。
『今、日本ではこんなのが流行ってます。いつか一緒に撮りたいね★』
そして、その横には楽しそうな、翼とのツーショット写真シールが貼られていた。

fin.

夜に書いた手紙を朝読み返すと、びっくりするくらいクサイというか、恥ずかしいくらいに正直すぎるってことありませんか?
私はそうなので、夜に手紙は書かないようにしています。
って最近、メールが主流で手紙を書くことなんてないけど。
けど『手紙』っていいですよね。

大人っぽくて、人間できてるなーって若林君も好きだけど、「ザ★お坊ちゃま」な若林君も好きです。

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