CHAPTER 3
「あの日の日向、ちょっとおかしかったよな?」 日向が消されてから数日、すっかり落ち込む若島津に、若林が声を掛けた。 「ああ…。多分、なんか知ってたんだと思う。」 「じゃ、あの時、どうして俺たちに言わなかった?」 「日向さんは…けっこう、優しいところがあるから、原因を作っているかもしれない『誰か』が皆の吊るし上げになる前に、自分が確認しようとしてたんだと、俺は、思う。」 「……だよな。俺も、そう考えてた。」 大きな溜息と共に談話室のソファにどっかりと腰を掛ける若林の発言は、若島津にとっては意外に感じた。 『単に、らんぼーでびんぼーな男』。 自分が敬愛する日向を、若林はそう認識していると思っていたから。 「逆に言うとだぞ。あいつが、そんだけ先回りして心配してやるような奴って、誰になる?」 若島津は、ハっとした。 若林の顔を見ると、彼も神妙な顔で頷いた。 二人は同じ人物に心当たりがあったのだ。
「おい、タケシ、ちょっといいか?」 突然、若林と若島津という意外な組み合わせの訪問を受けて当のタケシと、同室の佐野は少し驚いたような顔をしている。 「もちろん、ですけど…。どうしたんですか?お二人揃ってなんて…。」 「まあ、ちょっとな。今タケシ借りてもいいか?」 若島津から声を掛けられ、佐野はコクンと頷いた。
「ここは今、誰もいないみたいだな。」 普段、ミーティングに使われている部屋を開け、電気をつけた。 夏だというのに、ガランとしているせいか、部屋の空気がひんやりとしている。 若林と若島津は並んで座り、その前にタケシを座らせた。まるで、3者面談のようである。 「いきなり本題に入るけどな、日向さんが消えたあの日、お前、あの人と話さなかったか?どんな些細なことでもいいんだ。思い出してくれ。」 若島津の深刻な表情を受けて、タケシはもともと大きな目をじっと凝らして当日のことを思い出そうとしているようだった。 しばらく頑張っていたが、静かに首を振った。 「いえ…。俺も、何度もあの日のこと思い出してみたんですけど、特に何も…」 「収穫なし、か…。」若林が大きく溜息をついた。 「あっ!」突然タケシが立ち上がり、若島津の顔を、興奮した面持ちで見た。 「なんだ!?なんか思い出したか!?」 「はい!そういえば、佐野の居場所聞かれました。次藤さんに居場所聞いても分からないからって…。」 『佐野??』 意外な人物の名前が出てきたので、若島津と若林は顔を見合わせ、声を揃えてしまったのだが、直後にお互い忌々しそうに舌打ちをした。 「間違いありません。佐野が、次藤さんにくっついてないなんて変だなーって思ったから、よく覚えてます。」 「でかしたぞ、タケシ!あ、ついでにしばらくこのことは誰にも口外するな。いいな?」 若島津に肩を掴まれ、素直に頷くタケシを見て若林は、小さな子供みたいだな、と笑った。
「おい、佐野…今度はお前に聞きたいことが…って、あれ?さっきまで部屋にいたよな?」 タケシを部屋から連れ出して30分ほどしか経っていないが、佐野の姿は見えなかった。 読みかけのフランス語の新聞が広げたまま放置されている。 若島津と若林の二人は、その様子に違和感を覚えた。 「あいつ、フランス語なんて読めるのか?」 「ああ、そうなんですよ。あいつ、最近フランス語の新聞なんか時々読んじゃって…『読めるのか?』って訊いたら『読めるわけないじゃん、風刺絵が面白いんだよ』って。」 「風刺絵ぇ?なんか、ジジくせぇなあ。」 若林の言葉に、タケシはクスクスと笑った。若林にジジくさいと言われるなんて、相当だなと思ったのである。もちろん、それは口には出さないが。 「ま、いい。とにかく、佐野と言ったら次藤だ。次藤のとこ行くぞ、若林。あ、タケシ、ありがとな。」 若林は、へいへいと返事をしてキビキビと歩く若島津の後について行った。 その二人の後ろ姿を見てタケシは、あの二人がこれからもずっとあんな風に穏やかな関係だといいなあと思った。
「佐野?ああ、俺も探しとる。最近、すぐおらんようになりよる…。」 二人は次藤の部屋へ行ったのだが、そこにも佐野の姿はなかった。 「そろそろ自立する時期なんちゃうかー?」早田が軽口をたたく。 「いやいや。自立どころか、あいつは自分が傍におらんと、俺が日常的なことはなーんもできんと思うとるんよ。世話係りのつもりったい。確かに、あいつがおらんと何かと不便ったい。−−−って、お前ら、なんで佐野を探しとる?」 「あ、…ああ、ちょっと聞きたいことあってな。下らねぇことなんだけど。」 「若林…あんまり、へんなことあいつに吹き込まんでくれよ。」 下らないことって、いやらしことってわけじゃないぞ、と若林は必死に弁明した。それを見て次藤と早田は大笑いしている。 「ま、いい。とにかく佐野だ。佐野を探さないと、埒があかん。次藤、早田、悪かったな。」 トランプでもやってけへんかー?という早田の声を残して、若島津はドアを閉めた。
「日向君がいないってだけで、つまらないねー。」 「小次郎は、全日本の『お兄ちゃん』だからね。」 翼と岬は、対アルゼンチン戦のビデオを談話室で観ていた。 さすがの翼も、日向が消えてしまってからはなんとなく元気がなく、少しイラついているようにも見えた。 そんな翼を見る度に岬は、早くこの『悪い夢』が覚めてくれないだろうか、と思う。 彼を、こんな籠に閉じ込めてしまうのは、あまりに酷だ、と。 「つばさくん」 「?何?みさきくん」 「早く、この世界から出られるといいね。」 「うん……ほんとにね。」そう言いながら翼は爪を噛んでいる。 イライラしていたり、何か考えに詰っている時に翼は爪を噛むくせがある。 「翼君、何考えてるの?」 岬に、そう声を掛けられて爪を噛んでいる自分に気付いた翼は恥ずかしそうに手を引っ込めた。 「岬君。これが誰かの願望だとしたら…誰のだと思う?」 「さあ。……ねえ、もしも僕だったら、どうする?」 翼は驚いたように瞳を見開いたが、岬は笑って、もしもだよ、と付け加えた。 「俺たちのこれからには、今までよりもっと素敵なことが一杯あるはずだから、それを一緒に見に行こうって言う。」 しばらく首を傾げて考えた後、翼はそう言った。 岬はその言葉が嬉しくて…あまりに嬉しかったので、俯いて翼に表情を見られないようにした。 「あ、そうそう。」そう言って翼が取り出したのは、ブタのようなイノシシのような動物がうずくまった姿勢で眠っている、かわいらしいぬいぐるみだった。 翼がそんなものを持っていることが意外で、岬は吹き出した。 「…笑わないでよ…。こんなことになる前に、俺、見ず知らずのオジさんにこれもらったんだ。」 「え!?だめだよ、翼君。知らないおじさんから物受け取っちゃ…。」 「むむ。岬君、俺だってそれくらい分ってるよ。けど押し付けられてさ。捨てるわけにもいかないし。岬君、いらない?」 「えっ?いらないよ…。まあとにかく、帰る時空港には持って行かない方がいいよ。何があるか分からないから。」 はーい、と翼はつまらなさそうに返事をした。
「おい、若島津、今日はもう諦めようぜ。」若林が大きな欠伸をしながら言った。 「…お前、勝手に寝ろよ。俺は、佐野を探す。」 「あーのーなー。日向が心配なのも分かるけどな、お前が落ち込んでるの見てタケシや反町がすげぇ心配してるの分ってるか?日向がいない今だからこそ、お前がもっと周りに気を配ってやれよ。」 もともと宿敵の若林にそう諭され、若島津は一瞬ムっとしたが、言っていることにはもっともだと思ったので、立ち止まった。 「日向なら何があったって自分で解決するだろうし、佐野だってその内見つかるさ。なんてったってここは思いきり分断されてるんだからな。」 「……それも、そうだな。俺も、寝るわ。」 そうしろそうしろ、と言って若林は自室に戻って行った。
「俺も、戻るか。」若島津は大きく伸びをした。 「日向さんを、お探しですか?」 そう声を掛けられ振り向くと、佐野がニヤニヤしながら立っていた。
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