CHAPTER 4



ずい ずい ずっころばし ごまみそずい
ちゃつぼにおわれて とっぴんしゃん
にげたーら どんどこしょー
とーなりのねずみが こめくって ちゅう
ちゅう ちゅう ちゅう
おっとさんがよんでも おっかさんがよんでも
いきぃっこなーしーよー
いどのまわりで おちゃわんかいたの だーあれ


夜空に佐野の歌声だけが無気味に響いていた。
「グランドでお話しましょう。」
そう言われて、若島津はホテルから佐野の後ろをついて、とぼとぼと
歩いているのである。
頼りない街灯の明かりのもとに並ぶ二つの影を、若島津はじっと見つめ、歩いていた。
「この歌、知りません?」
突然、佐野が振り向き、そう言った。
もともとよく分からん奴だとは思っていたが、月明かりのせいか、今夜は
やけに無気味に映る。
「え…?ああ、知ってるよ。小さい頃、ねえちゃんと遊んだような…。」
「そうかぁ。若島津さんにはお姉さんがいるんだあ。知らなかったなあ。」
そう言うとまた、佐野はくるりと背を向けて練習場に向けて歩き出した。


「…で?日向さんは?お前は、何を知ってる?」
練習場に着くと、できるだけ穏やかな声で若島津は訊ねた。
「あのね、世界で…いや、宇宙でいちばーん安全な所で眠ってますよ。」
「なんだと…?」
「きっと、楽しい夢を見てますよ。お父さんがいて、お母さんがいて。」
「お前…何言ってんだ?俺の質問に、ちゃんと答えろ。」
佐野は、クスクスと笑うとケンケンパをしながら、ゴールの前まで行った。
若島津は苛々をどうにか抑えて、佐野の後をついて行った。
「どうして気付いちゃったかなあ。気付かない方が楽しくて、幸せなことって
いーっぱいあるのに。どうしてかなぁもったいないなぁ。あの子が可哀想だなぁ。」
「……あの子って、誰だよ?」
「ああ、ごめんなさい。こっちの話。」
相変わらず取り留めのない会話にいら立ちがピークに達した若島津が、佐野の
胸ぐらを掴もうと一歩踏み出した途端、「若島津!」と呼ばれた。
「若林…と、全員、揃って…どうした?」
「どうしたって、お前までいなくなったってタケシが泣きながら俺の部屋に来て、
全員で探しに来たんだろーが。…佐野、見つかったのか?」
佐野は少し首を傾げてにんまりと笑った。

「君…誰…?」

岬が、佐野を方を向いて、真っ青な顔で言った。
「岬?佐野だろ?どうし…」
「影がない!佐野君じゃない!!」
岬の指摘に全員ハっとして佐野の足下を見た。
確かに−−−全員、ナイター用の照明に背後から照らされて影が伸びているのに、
佐野の足下だけそれがなかった。
「あ、しまった。」
佐野がそう言うと、まるでクラッカーを引いたようなパン!という音がし、
後には少しの紙吹雪だけがちらちらと舞った。
「おい!佐野!佐野は!本物のあいつはどこタイ!?」
次藤がメンバーをかき分け、佐野の姿をしていたモノのいた場所に行った。
「あの子も、宇宙で一番安全な所で眠ってるよ。」
声のする方向を見ると、ゴールポスト裏の木の枝に、佐野よりも更に小柄な
ピエロのような服装、顔だちは下ぶくれの中年男性で、サングラスをかけている
…そんな、奇妙ないでたちの小男が座っていた。
「てめぇ…!!降りて来い!日向と佐野を返さんかい!!」
次藤が木をドカドカと蹴った。
本当に折れそうだったので、若林と若島津の二人掛かりでそれを制止した。
「あの子の言う通り、本当に乱暴な人だなあ。」
男は頭を掻きながらそう言うと、座っていた枝を蹴り、宙にふわりと浮かび、
あぐらを組んだ。
「夢邪鬼だ……。」
森崎のつぶやきを聞くと、男は嬉しそうな顔をした。
「ご存知でしたか。光栄です。」
「ウソだろ…。そんなの、お伽話の中だけのことだろ…。」
若林の発言を聞いた夢邪鬼はムっとし、若林の鼻づらまで飛んでいくと、
「これだから人間って奴は困る。目に見えないものは信じない。目に見えても
自分の理解を超えてると、信じようとしない。見ようともしない。」
と言って、人さし指で若林の鼻を弾いた。
「その点、あの子は偉いですよ。一発で、僕が見えたんですから。ご褒美に、
あの子の夢を叶えてあげたんですよ。皆さんは、それに付き合って下さい。」


*     *     *


「オジさん、そんな所で何やってるの?勝手に入っちゃいけないんだよ。」
ある日の練習後、佐野が練習場の片隅にちょこんと座っていた男に声を掛けた。
「きみ…僕が、見えるの?」
「???何言ってんの?そこにいりゃあ、誰だって見えるでしょ。しかも、
そーんな目立つ変な格好で。目立つよ、あんた。」
「でもほら、君の仲間はみーんな何も言って来ないし、こっちも見ないよ。」
そう言われて、佐野は全員の方を振り向いた。
誰一人、こちらに注意を向けていない。三上さんたちまで。
「ほんとだ。…もしかしてオジさん、幽霊!?」
「そうじゃないけどね…。そんなようなものだね。こうやって誰からも
気付かれないんだから。」
「うわ、やったあ。俺、そーゆーの見るの、初めて!」
恐がりもせず、無邪気に喜ぶ佐野を見て、男は目を細めた。
「君、何か夢ってある?」
「夢?うん。いっぱいあるよ。」
「どれか一つ、叶えてあげるって言われたら?」
別に叶えてもらえると思ったわけではないが、佐野はしばらく真剣に考えた。
「うー…ん。色々あるけど、次藤さん…って、ちょっと乱暴だけどかっこいい俺の
先輩なんだけど…その人と、ずーっと一緒にサッカーできたらいいや。」
「そんなのでいいの?」
「うん。次藤さんが高校行ってもサッカー続けてくれるかわかんないしさ。
ずっと一緒にできたらいいなあーって。」
「うん、うん、わかったよ。」

「おい、佐野!そんな所で一人で何やってんだ!ホテル戻るぞ!」
「わー。ほんとにオジさん、皆からは見えないんだねぇ。ま、いいや。俺、行くわ。」
そう言って、佐野は男を残して走っていった。
「君の夢を、叶えてあげよう。」
佐野の後ろ姿に向かって、男は呟いた。




                   
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