CHAPTER 2 『告白』

ツバサが名門シュロッターベッツへ来て1ヶ月半。すっかり学校に馴染んでいた。
彼は運動全般はなんでも人並み以上にできたし、少しばかり意地と口は悪いが基本的に明るく快活だった。
また、今まで質の良い家庭教師についていたのであろう、偏ってはいたが、知識もなかなか豊富で、教師からの質問にもユニークな答えを返すのでクラス全員がツバサの授業中の発言を楽しみにしていた。
外見についても、強く黒い大きな瞳が印象的で、なかなかのハンサムだと評判である。
そんな風なので、ツバサはすっかり人気者になり、下級生には熱烈なファンもできていた。

「ツバサ、さっき、下級生に呼び出されてたね…?なんだったの?」
「あ、ミサキ。うーん、なんか、手紙もらっちゃった。」
「ラブレター?」
「うー、うん、まあ、そんな感じのやつ。俺にどうしろっていうんだろ。」 
「手紙受け取って読んであげるだけでいいんじゃない?」
ミサキはいつもの隙のない、美しい笑顔で言った。
ゲンゾーの前では、もっと違った表情も見せるのだろうか、とツバサは一瞬想像した。
ミサキを好きだと意識してから、ツバサはいつもそんなことを考えているのである。
「ミサキは、そういうの慣れてるの?手紙もらったり……」
「最近は落ち着いたけどね。時々あるよ。」
「困らない?」
「困る?どうして?……退屈してるから、みんな、アイドルが欲しいんだよ」
この言葉はゲンゾーからの受け売りだった。
「ツバサ、全部がかっこいいからさ。憧れなんだよ。」
ミサキが笑顔で言ったこの言葉を聞いて、ツバサは心がちくりと痛んだ。
俺は、君しか見えない。君さえ俺を好きになってくれればいい。世界中の人から嫌われたって、ミサキさえ俺を好きなら…。
「ミサキは?俺を、どう思ってる?」
「かっこいいなあ、うらやましいなあって思うよ。」
うらやましい、かぁ…。ツバサは心で溜息をついた。
「じゃあ、ゲンゾーのことは?どう思ってる?」

岬は一瞬目を丸くし、頬を赤らめこそしなかったが、翼から目を離し、一瞬の間があった。
……なんだよ、この間。すぐ答えられないような気持ちを持ってるのかよ……
予想はしていたが、ツバサは少し落胆した。
やはりミサキにとってゲンゾーは「特別な存在」なんだと思い知らされた気がしたのだ。

「お前、母さんに会いたいって思わないか?」
ゲンゾーとミサキは温室にいた。ミサキは忘れられかけていたこの温室の草木の世話をし、立派な花々を咲かせた。
今も、ゲンゾーと話をしつつ、バラの手入れをする手を休めることはない。
「小さい頃は思ってたかもしれない。でも、今は別に思わない。あんな優しい父さんを捨てた女なんて。」
ミサキは、先ほどのゲンゾーの問いに振り向きもせず答えた。
「でも、どうしてそんなこと聞くの?」
「俺の親父、俺の小さい頃からお前のおふくろさんの思い出話をしょっちゅうしててさ、お前見てから、増々思い出話がしつこいんだよな。だから、さすがに俺も気になってきた。」
「ふーん。思い出なんて美化してると思うし、さっさと忘れた方がいいと思うよ。」
「お前って、………けっこうひねくれてるよな?」
「……父さん見てると、思い出に囚われて生きていくのって、可哀想だと思うんだ。父さん、俗世間から離れた生活してるだろ?その分、いつまでも母さんの面影を追ってる。母さんとの幸せだった日々で時間が止まっちゃってるんだ。僕は母さんにそっくりだって言うしさ。早く父さんには忘れて新しい世界を見て欲しい。だから、母さんの面影を残した僕は側にいない方がいいと思って、ワガママ言って学校入ったんだ。」
そんなことを、バラの手入れをしながら淡々と語るミサキを、ゲンゾーは後ろから抱き寄せた。
 

「……ゲンゾーは、いつも、やることが突然だね?」
「うるさい。俺が抱き締めたいと思ったらその瞬間に抱き締めるんだ。悪いか?」
「もう、慣れたよ」そう言ってミサキは振り返ると、ゲンゾーに軽くキスした。
「……どうした?珍しいな、お前から……」
「うるさい。僕がキスしたいと思った時にキスするんだ。悪いかっ?」
ミサキとゲンゾーは顔を見合わせて笑った。

 
「やっぱり、そういうことだったんだ。」
温室から出て、ゲンゾーと別れたミサキは目の前にツバサを発見して少し動揺したが、すぐにいつもの穏やかで美しい笑みを作った。
「その笑顔、俺、大好きだよ。とてもきれいで。でも、その笑顔、誰も寄せつけないよね?ゲンゾーの前では違うんだ。あんな、素敵に笑うんだ。」
ツバサは少し意地悪そうな笑みを浮かべてミサキに近付いた。
ミサキは威圧感を感じて後退し、大きな木の幹が背にあたって止まった。
「ツバサ、見てたの?」
「見ちゃったんだ。ちょっとショック。」
言葉とは裏腹に、ツバサはにっこりと微笑むと、ミサキのもたれる木に右手をつき、ミサキを抱きかかえるような形になった。
ミサキは少し身構えた。
「大丈夫だよ、ミサキ。俺、君に触れたりしないから。近くで顔を見たいだけ。……触れなくたって、いつか、君を振り向かす自信があるから。」
「え?」
「俺、君が、好き。皆が君をアイドル視してるような感情じゃなくてさ、分かるだろ?もっと特別な気持ちで、好き。」
「ツバサ…?本気で言ってるの?からかってるの?」
「本気だよ。こんなつまらない冗談、言わないよ。」
ミサキは突然の告白に戸惑った。こんな真剣な瞳で好きだと言われたのは、ゲンゾーを除けば、これが初めてだった。
唖然として、自分より少し背の高いツバサを見上げる格好のまま、いつもの穏やかな笑顔を作ることができなかった。
「とりあえず、今日は君のそんな顔見られただけでもラッキーって思うよ。部屋、戻ろう?体冷えるよ。」
ツバサはそう言うと、ミサキの手を取り、さっき熱烈な告白をしたのが嘘のように、部屋へ戻る道すがら、あっけらかんと、創立祭など、とりとめのない話をしていた。

翌朝、目覚めた時、ミサキは昨夜のことを思い出し、あれが夢だったのか現実だったのかと悩んだ。
「ミサキ、ミサに遅れるぞ!急げ!」
「お前が朝、ボーっとしてるなんて珍しいなあ!」
同室のマツヤマやイシザキが声をかける。いつもの慌ただしい朝。 
「ツバサは?」
「それが、今日はすっげー珍しく、もう聖堂行ってんの!ミスギと一緒に。いつもはアイツが遅刻なのにな。」
『遅刻』という単語を聞き、ミサキは「いけない!」と思い、大急ぎで準備した。
こんなことは、入学以来初めてである。ギリギリ遅刻はしなかったものの、いつもより身なりが雑然としていた。
マツヤマの言う通り、ツバサはすでに席に着いていた。
ミサキを発見すると、いつもの明るい笑顔で手を振ってきたので、ああ、昨日のは夢だったのかなと思いながらミサキはツバサの横に行った。

「おはよう。珍しいね、ミサキ。ギリギリなんて。」
「うーん、変な夢見ちゃって…。ツバサこそ珍しいね、こんな早いなんて。」
「俺は、良い夢見ちゃったから。」
朝に相応しい明るい笑顔でツバサは言った。ミサキもつられて微笑んだ。
ツバサはミサキの胸元に目をやると、あ、という表情をしてミサキのリボンタイに手をかけた。
「曲がってるよ」そう言いながらミサキのリボンタイを直すふりをして、ツバサはミサキの耳もとに囁いた。
「君に好きって言ったの、夢じゃないよ。」
ミサキはカッと赤くなったが、ツバサはすぐに顔を離すと、にっこりと余裕の笑顔を見せ、壇上で聖書を読むミスギの方に目をやった。
どうしてツバサの横顔はこんなに自信に満ちあふれて見えるんだろう。
あの、黒く強い瞳でまっすぐに見つめられ好きだと言われ、どうして何も答えることができなかったのだろう。
これをゲンゾーが知ったらどう思うだろう。
そんなことを考えながらミサキはゲンゾーたち上級生のいる席を見た。
ゲンゾーはミサキの方をじっと見ていた。先ほどのツバサの行動も見ていたのだろうか。自分の動揺も…?

その日一日じゅう、ツバサは愛の告白をしたことなどおくびにも出さず、いつもと同じようにミサキに接した。
人から好意を持たれることには慣れていたはずなのに、ミサキは何故か動揺しっぱななしだった。
授業中、目のあったツバサからにっこり微笑まれても、いつもと同じ笑顔を作ることが出来ず、目を逸らすことしかできなかった。

「ツバサに、何言われた?」
その夜もミサキはゲンゾーと温室にいた。
しかし、その手は昨日のように淡々と草木の世話をすることができず、どこか上の空で、ゲンゾーからそう切り出されてようやくミサキは我に返った。 
ゲンゾーに本当のことを言おうか、けれど、言ったところでどうなる…?
「愛の告白でも、されたか?」
ミサキの迷いを見透かしたかのようにゲンゾーはそう言い、ミサキを背後から優しく抱き締めた。
ミサキは大きく暖かく、何よりも安心できるゲンゾーの手を握りしめ、こっくりと小さく頷いた。
「で…?お前は、なんて言ったんだ?」
「何も…なにも、言えなかったよ。」
ゲンゾーは、そうかぁと大きく溜息をつくとベンチにどっかりと腰をかけたが、その顔には、いつものような余裕ある笑みがなかった。
「どうしたの?不安?」
少し意地悪な気持ちになって、ミサキはゲンゾーの顔を覗き込む。ゲンゾーはミサキの髪をくしゃくしゃにして、ばーか、と言った。
「……でもなぁ、悔しいけど、お前ら、けっこう似合ってるもんなあ。」
「なに、それ?」
「お前ら二人、じゃれあってるのなんて見ると、ほんとに天使が二人いるみてぇなんだよ。片方の天使を拘束している俺は、罪深い男なのかもしれないなあ−−−って、そんな気にさせられたりするんだぜ。」
「………僕は、天使なんかじゃないよ。君が、一番知ってるだろう?」
いつになく不安げな笑みしか見せないゲンゾーが愛しくなって、ミサキは彼の横に座り、肩にもたれた。
「そうだな、天使だったら飛んでっちゃうもんな、俺、困る。」

二人寄り添いながら見つめる月は、いつものように美しかった。

「ね、ミサキ、ちょっと、いい?」部屋へ戻ると、ツバサがミサキをベランダへ誘った。
「俺…、俺さ、君に好きだって言ったよね?あれ、迷惑だった?嫌だった?」
あの告白以来、ミサキはツバサへの接し方がぎこちなくなっていた。
自分のことに精一杯だったけれど、そのことをツバサも気にしていたんだという事実に今さらながら気付き、ミサキは申し訳ないなあと思った。よし、はっきり言おう。
「ツバサ、僕はね、君の気持ちに応えることはできないよ。」
「?。わかってるよ、そんなこと。君が、今はゲンゾーを好きでいるってことぐらい。でも、だからって俺が君への気持ちを告白しちゃいけないってことは、ないだろう?」
あまりにあっさりと言うので、ミサキは今まで自分が悩んでいたのはなんだったのかとバカらしくなり、声をたてて笑った。
「なになに?なんで笑うの?俺、ミサキが全然話してくれなくなっちゃったから、すごく迷惑だったのかと思ってさぁ。」
「迷惑なんてこと、ないよ。僕だって、君のこと、友達としてだけど、好きだよ。でもさ、普通は、告白した相手には応えて欲しいって思うでしょう?」
「ミサキが言ったんじゃないか。俺が下級生から手紙受け取って困ってたら『読んであげるだけでいいんじゃない?』って。そういう考え方もあるかぁって思ってさ、俺も君への気持ちを伝えたのに…。」
ツバサは少し膨れっ面をした。が次の瞬間にはま、いいかと笑った。
ミサキは、ツバサのからりとした明るさ、まっすぐなところを羨ましいなあ、素敵だなと思った。
彼は、本当に天使なのかもしれないね、とも。
「劇、がんばろうね。ロザリー姫。」
「はい、オーランド。」
ミサキが楽しそうに笑うのを見て、ツバサは嬉しくなった。

 

ミサキはいつも美しく微笑んでいるけれど、その笑顔は仮面のようだなあと、なんとなく感じていた。
ゲンゾーと笑い合うミサキを見てからは、その思いは確信へと変わった。
あんなに素敵に笑えるのに、ミサキは、心の内を隠すようにいつも美しく微笑むのだ。
悲しみも、寂しさも、苦しみも、彼は、微笑みの下に隠してしまう。
ゲンゾーといる時だけは、その仮面を外していた。
それを悔しいと思ったが、今、ミサキは自分の前でも微笑みの仮面を取って楽しそうに笑っている。

少しは距離が縮まったかなあと、そう思っただけでツバサは嬉しかった。

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